京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

インドにおける障害者の生活/ケーララ州でのケーススタディ

2018年8月14日:ESSSと共に、8月10日に放流したIDDUKKIダムの下流域で甚大な被害に遭った地域の視察。浸水被害の状況および避難状況の確認を行った。写真1の時期には水が引き始め、避難していた人々が戻り始めていた時期である。

対象とする問題の概要

 インドの障害者研究は、産業先進国で始まった障害学の掲げる「社会モデル 」に基づき発展してきた。西洋の障害者政策や障害に関する概念が南アジアの文脈に合っていないという指摘や、インド国内の障害者運動が実際に政策に影響を与え始めてきたことを受け、近年は、当事者の声を聞くことで南アジアの文脈にあった政策やサービスを整える必要性が議論されている。しかし、「社会モデル」を主要な軸とするインドの障害者研究は、「障害」を社会的に解決されるべき、普遍的な事象とする傾向が根強く、都市部の障害者を対象とした研究が大多数である。
 実際には障害者は農村部に多く、農村部では都市部と状況は大きく異なっている。農村部では、そもそも障害の定義があいまいで、年齢やジェンダーによって意味が変化しうる。したがって、「社会モデル」のみでは限界があり、社会構造、文化、ジェンダー、カーストなどを複合的に見る必要性が指摘されている。

研究目的

 本研究の目的は、単純な「障害者」と「健常者」の違いが本当に社会的な差異を生み出すのか、どのような身体的な差異がいかなる社会的な差異を生み出し、周囲との関係性に影響するのかといった点について、障害を持つ生活の視点に寄り添いながら明らかにすることである。
 障害者と共に生活を送りながら調査をすることで、障害を解決すべきものとして捉えてきた障害学の立場を一度保留し、生活している人々の視点に近い位置から、また彼らのおかれた文脈に沿って物事を見たり考察したりできるのではないかと考える。

2018年8月24日:MAITHRIで今回の災害発生後、避難所にメンタルヘルスケアへ行くためのボランティアの人々とNGOスタッフのミーティングに参加。皆、問題意識を持ってディスカッションしており、ボランティアの中にはケーララ州政府のヘルスケア部門の方が参加しており、有識者が多い印象を受けた。

フィールドワークから得られた知見について

 今回、2018年8月初旬に発生したケーララ州における豪雨・洪水によって、調査地が大規模な被害に遭った。前回発生した1924年の洪水被害を上回る史上最悪の被害とされており、死者数は485人にのぼり、一時避難者数は140万人を超えたと言われ、二次災害として感染症の蔓延や主産業の農業への被害も甚大であった。これに伴い、身動きが取れなくなってしまったのだが、ERUNKAKULAM SOCIAL SERVICE SOCIETY(ESSS)とMAITHRIというNGOで共に活動しながら災害復旧作業の様子を観察した。
 ESSSは、1962年に創設された歴史のあるNGOで地元に強力なネットワークを持つ大きな団体であり、すべてのコミュニティのエンパワメントを理念とし、様々な活動に取り組んでいる。障害者をコミュニティの一つと位置付け、種別を分け隔てることなく支援を必要とする人々を支援している。災害発生後は、支援センターを設立し、支援物資の収集、また、避難所の人数やどのような人がいるかを把握して帳簿の作成、それに合わせて支援物資の分配を行い、災害復旧作業に全精力をかけていた。
 MAITHRIは1995年に創設された比較的新しいNGOでケーララ州の自殺者減少を目標にメンタルヘルスケアの分野で活動している団体である。障害者という言葉は使用せず、「異なった能力を持つ人々」と表現し、総勢40名いるボランティアへの日々のミーティングやトレーニングを欠かさず行っている。災害発生後は、今回の災害で心に傷を負ったすべての人の悲しみを共有するべく、避難所を回って活動していた。
 この二つのNGOに共通する点は、緊急時には総力を挙げ、各々の特性を生かして復旧作業に取り組んでいたと言うことである。一方で、障害者に対する意識、支援のあり方に大きな違いが見られた。ESSSは障害者への特別な意識はなく、助けを必要としている人にチャリティとしての支援を行っていた。MAITHRIはチーム全員が問題意識を持ち、課題解決に向けて取り組んでいた。

反省と今後の展開

 今回、災害発生により身動きが取れなくなってしまったことによって、本研究で対象としている障害者と話す機会が得られず、期待していたような成果は得られなかった。
 しかし、災害復旧作業を通じて二つのNGOの方々と濃密に接することができ、ラポール形成が進んだだけでなく、それぞれの組織の在り方や支援の考え方にも触れることができた。ここから推測すると、ケーララ州では、障害者について共通の認識が未だ確立されておらず、チャリティ的な支援や社会モデル的な支援が混在していると考えられる。推測に過ぎないので、次回の渡航で深めていきたい。
 また、今回の災害は完全復旧に少なくとも2年はかかると言われており、ほぼすべての州民の日常生活を破綻したという意味で、今後の研究と切り離すことができない災害である。したがって、このような緊急時の障害者の生活はいかなるものかといった視点も含めて、調査していきたい。

参考文献

【1】浅野宜之.2018.「インド2016年障害者の権利法」『關西大學法學論集』pp1141-1187.
【2】斉藤千宏.2005.「ケーララ州の開発経験とエンパワーメント言説」佐藤寛編『援助とエンパワーメント―能力開発と社会環境変化の組み合わせ』アジア経済研究所.
【3】杉野昭博.2007.『障害学-理論形成と射程』東京大学出版会.
【4】森壮也.2011.「第1章南アジアにおける「障害と開発」」『南アジアの障害当事者と障害者政策」調査研究報告書』pp3-28.

  • レポート:中江 優花(平成30年入学)
  • 派遣先国:インド
  • 渡航期間:2018年8月4日から2018年8月30日
  • キーワード:障害者、NGO、日常生活、洪水、災害

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