アオウミガメ(Chelonia Mydas)は大洋州の多くの地域において食用として伝統的に利用されてきた(Kinan and Dalzell, 2005)。一方で、本種はワシントン条約附属書Iに記載される絶滅危惧種(EN、VU)であり、世界的に保全や保護の対象として扱われている。小笠原諸島はアオウミガメの保全と伝統的利用が同時に行われている世界でも珍しい地域であり、保全と伝統的利用の両立を研究する上で貴重な調査地である。本研究では、小笠原諸島母島・父島におけるアオウミガメの保全活動に着目した。調査結果から、小笠原諸島におけるアオウミガメの保全活動は、それぞれの島で独自の形で継続されており、これらの保全活動はかつての乱獲の歴史と現在でも継続される食利用の背景が推進力となっていることが示唆された。今後はアオウミガメの保全に対する地元住民への大規模な意識調査を通して、保全と伝統的利用の両立が可能な科学的根拠を明らかにしていく必要がある。
研究の背景と目的
人間活動の影響により絶滅の危機にある野生生物を保全・保護することは、人類の喫緊の課題である(Mason et al, 2020)。その一方、いくつかの野生生物は伝統的に利用されることで地域社会独自の文化を形成していることから、野生生物保護政策は先住民の文化的権利と相反し、保全活動を阻害する可能性が指摘されている(Lele, 2021)。 本研究は太平洋に広く分布するアオウミガメに着目した。大洋州ではアオウミガメは広く食利用されており、ソロモン諸島国ダフ諸島においても伝統的にウミガメ漁が行われ食利用されていたが、遠隔離島であるため保護活動は確認できなかった。一方で、地理的に大洋州の北端に位置する日本の小笠原諸島は、アオウミガメの保全と伝統的食利用が同時に行われている先進国では数少ない地域として知られている。 そこで本研究では、小笠原諸島の母島と父島におけるアオウミガメの保全と伝統的利用が両立できることの科学的根拠を明らかにすることを目的とする。
Mason, Natalie, et al. “Global opportunities and challenges for transboundary conservation.” Nature ecology & evolution 4.5 (2020): 694-701. Lele, Sharachchandra. “From wildlife-ism to ecosystem-service-ism to a broader environmentalism.” Environmental Conservation 48.1 (2021): 5-7. Kinan, Irene, and Paul Dalzell. “Sea turtles as a flagship species.” Maritime Studies (MAST) 3.2 (2005): 195-212.