京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

ブータン農村における教育の実態と課題

写真1:タシガン県ションプー郡Y地区の廃校

対象とする問題の概要

 ヒマラヤ地域に位置する山岳国家・ブータンは、GNH(国民総幸福)というユニークな政策指針を掲げ、経済成長と文化保全や自然保護、福祉の充実などのバランスを重視した、国土の均衡ある発展を目指している。しかし、近年は農村から都市への急速な人口流出が課題となっている。都市・農村における経済格差や生活環境の格差等を背景として、若年層を中心とした流出が深刻化している。その結果農村では耕作放棄地や空き家の増加、文化継承の困難化など様々な社会変化が起きつつある。また、近年は出生率の低下も進んできている。
 このような人口流出および少子化を一因として農村部で近年大きな変化を直面しているのが、教育環境である。かつて政府主導で遠隔地での教育普及を積極的に進めてきたブータンであるが、近年は農村での人口流出および少子化を背景に学校統廃合を進めている。

研究目的

 上記のとおり、ブータンは険しい山岳地帯ながらも遠隔地での教育普及を積極的に進めてきた歴史を有する。しかし近年は農村部小規模校の統廃合が進められており、ブータン農村における教育は大きな岐路に立たされている。そこで本研究は、教職員、児童・生徒・学生、保護者、村人らへの聞き取り調査や、教育実践への参与観察などを通して、農村における教育の実態とその課題を考察することを目的とする。

写真2:ブータン王立大学シェラブツェ校の学生らによる大学周辺での清掃活動

フィールドワークから得られた知見について

 ブータンで学校教育が一般に開かれだしたのは1940年代以降とされており、全国に本格的に学校教育が普及されたのは第1次五カ年計画(1961-1966)以降であるとされている[西田・平山・藤原 2020]。対象地であるタシガン県内の小学校数(小学校学級を有する中等教育機関を含む)は2010年代がピークである。特に1990年代以降は建設や運営に地域住民の労務を得るCommunity Schoolと呼ばれる小規模校を設置することで教育普及を図った。
 農村部の学校(初等・中等および高等教育機関)における調査の結果、児童・生徒および学生はクラブ活動やSocial Serviceと呼ばれる社会奉仕活動を通して、近隣地域住民に対する貢献を行っている。また村人らにとって学校は給食用の農産物を販売先となっているほか、村人らが学校物資の運搬や校内清掃活動に協力する事例や、学校イベントにおいて寄付を行う事例もある。このように、農村において学校は教育機会の提供以外にも、地域社会と学校の相互的な関係性を様々に構築していることがわかる。
 一方、2010年代以降農村部小規模校等の廃校が発生している。教育の質向上などを目的にCentral Schoolと呼ばれる大規模校が制度化され、統廃合が進行している。学校統廃合によって、通学時間の増加が発生している地域や、寮生活を余儀なくされる地域が発生している。タシガン県バルツァム郡J地区では、小学校の廃校に伴い学校近隣の児童が片道約1時間かけて徒歩通学をすることとなった。またタシガン県ションプー郡Y地区では、学校廃校に伴い5歳児学級に相当するPP(Pre Primary)クラス在籍児童が寮生活を送ることを余儀なくされている。Y地区の村人への聞き取りでは、年少の子どもが寮生活を送ることに不安を感じる保護者や、ホームシックを抱える子どもたちの声が目立った。

反省と今後の展開

 研究を今後進めていく上での課題として、現地語(ツァンラ語等)の更なる習得が挙げられる。また今後、学校統廃合による農村社会への課題を、研究成果として広く現地社会に共有することを図りたい。
 また日本および欧米等の諸外国では、過疎地域における教育機関の積極的な活用は農村開発の重要なツールとなっている。例えば、Service learning やPBL(Project Based Learning)といった概念のもと、社会と連携した教育活動や課題解決型教育活動が積極的に取り組まれてきた。これら教育活動に対しては、地域理解の促進や地域への奉仕活動などといった地域社会に対する貢献はもちろん、子どもたちに対する教育的効果も指摘されている。このような動向も念頭に、ブータン農村開発における教育機関の活用可能性を展望する議論に発展させていきたい。

参考文献

 西田文信・平山雄大・藤原整. 2020. 「ブータンにおける言語・教育とそれらを取り巻くメディア環境に係る問題群」『南アジア研究』32: 172-177.

  • レポート:森下 航平(2023年入学)
  • 派遣先国:ブータン王国
  • 渡航期間:2023年8月19日から2024年3月15日
  • キーワード:農村開発、少子化、学校統廃合、寮制度

関連するフィールドワーク・レポート

ミャンマーの茶園地域における持続的植生管理及び植物利用に関する研究/ミャンマー・タイ・ラオス茶園地域概査

対象とする問題の概要  ミャンマーの森林は減少・劣化の一途をたどっており、特に森林減少・劣化が激しい地域における森林保全対策の検討が喫緊の課題となっている。本研究では、下記の点に着目し、保全対策立案にむけて課題に取り組む。 1. 特に森林減…

ニジェールの首都ニアメ市における家庭ゴミと手押し車をつかった収集人の仕事

対象とする問題の概要  ニジェールの首都ニアメでは急速な人口増加と都市の近代化が政治的課題となっており、近年とみに廃棄物問題が重要視されている。急激な都市化にガバナンス体制や財源、技術の不足が相まって、家庭ゴミの収集がおこわれていない、もし…

台湾原住民アミ族の舞踊――伝統の継承と創造のバランスの中で――

対象とする問題の概要  台湾には現在、政府が公認する原住民族が16族あり、それぞれに独自の言語や文化を保持している。しかしながら、原住民の文化は、外部勢力による同化政策により世代間の断絶があり、社会集団の維持や文化の継承が困難な状況にある。…

近代教育と牧畜運営のはざまで――ケニア、コイラレ地区における就学の動機――

対象とする問題の概要  1963年に英国からの独立を果たしたケニアでは、国家開発のためのさまざまな教育開発事業が取り進められてきた。例えば、2003年に初等教育無償化政策が導入され、それによって子どもの就学率が急速に増加した。また近年では、…

タナ・トラジャの棚田における耕作放棄の利用について 水牛飼料の草地に着目して

対象とする問題の概要  現在日本国内において、特に平野部が少なく生産効率性の低い中山間地域にて耕作放棄地の増加が問題となっている。中山間地域では山々の斜面上の棚田において米を生産することが多いが、その棚田の耕作放棄地化が増加している。耕作放…

カメルーン都市部のウシをめぐる生業活動――北部都市ンガウンデレにおけるウシ市と食肉流通に着目して――

対象とする問題の概要  カメルーン北部の都市ンガウンデレでは、毎日のようにウシにでくわす[1]。街中に都市放牧されているウシの群れもよく観察されるし、これらの産物や製品にも毎日であう。 カメルーン北部の都市ンガウンデレは国内のおよそ4割の食…