京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

ソマリ語による歴史的知識の生産――ケニア内ソマリ人を事例として――

写真1:アウジャマ文化センターの外観

対象とする問題の概要

 元来、ソマリ人はアフリカの北東地域に国境をまたがって広く住んでおり、ソマリアの独立前後より、こうしたソマリア国外のソマリ人居住地域をソマリアへ併合する政治運動が、ソマリア内外で盛んとなっていた。しかし、1991年に国家崩壊を起こして以来、ソマリアでは政治的に不安定な状況が続いている。こうした政治的変動の期間を通して、国内外問わず、ソマリ人はソマリ語・英語・アラビア語などでソマリの歴史に関する著書をものしてきた。そして国家崩壊以降、多くのソマリ人が国外へ逃れる中で、この流れは加速してきた。ソマリ人ディアスポラは、国家崩壊を経た現在、どのように自分たちの歴史を捉え、語っているのか。また、そうした語りはどのようにソマリア以外の地域において流通しているのか。これが、本研究で対象とする問題である。

研究目的

 近年、アフリカ史学の脱植民地化が声高に主張される一方で、その個別具体的な事例、つまり現代のソマリ人がどのように自分たちの歴史に関する知識の生産をおこなっているかに関する研究は希薄といってよい。加えて、既存研究では、主にソマリ人による史的知識の生産のテクスト分析に焦点を当てており、ソマリ人による史的知識の出版・流通といった物質的側面について、あまり関心が払われてこなかった。本研究の目的は、このような問題関心から、ソマリア以外の地域において、ソマリ史に関する知識生産がどのようになされ、かつ流通しているのかを明らかにすることである。また、そうした知識生産の歴史的経緯をも明らかにするために、独立以前のケニア・ソマリアにおけるソマリ人への超域的な出版流通を把握する。これらが、今度のフィールドワークの研究目的である。

写真2:アウジャマ文化センターで勉強する学生

フィールドワークから得られた知見について

 フィールドワークでは、資料収集と聞き取り調査の二つをおこなった。まず、資料収集に関しては、アウジャマ文化センター(ACC: Awjama Cultural Centre)とケニア国立公文書館(KNA: Kenya National Archives)にてそれぞれ実施した。
 ACCは、ナイロビ市内のソマリ人難民を対象に教育や文化イベントを提供するNGOであるが、元来現地のソマリ人向けの公共図書館としてオープンしたことから、ソマリの文化・歴史に関する書籍を多く所蔵しているほか、個人・団体からの書籍の寄贈も受け付けている。このACCでは、資料調査として同センターに収められているすべての販売用・貸出用書籍の書誌情報を収集した。この結果、120冊を超える多様な出版地のソマリ語書籍が、販売用・貸出用を問わず、同センターに集積していることが判明した。つまり、ACCがソマリ語書籍の流通におけるハブの一つを形成していることがわかった。また、常駐していたスタッフへ英語による聞き取りをおこない、センターの来歴や所蔵書籍の著者などに関する貴重な情報を得ることができた。
 また、同センターの利用者への聞き取り調査をおこなった。この結果、利用者の多くが学生であること、およびACCが主に学習スペースとして利用されていることがわかった。加えて、ACCがナイロビ市内で主催していたソマリ語書籍の出版イベントにも参加し、参加者層をおおまかに把握することができた。このほか、ACCのスタッフよりソマリ語の個人授業を週2回、約1ヶ月の間受けることができた。
 第二のKNAの調査では、ソマリ人に関する出版物の流通に関する資料の入手を目的として臨んだ。しかし、散逸し、あるいは未整理のままのものが多く、請求した資料のほとんどを入手できなかった。他方で、KNAでは、1940〜1950年代のソマリアにおける主力政党のケニア支部に関する資料、およびその規制に関する資料を入手することができた。これらの資料は、ケニアにおけるソマリ人の移動規制に関する情報を含んでおり、今後の研究に裨益するものと考える。

反省と今後の展開

 今回の調査の反省点として、(1)当初の想定と異なりKNAでの資料収集がうまく進まなかったことと、(2)ソマリ語の知識が不十分であったためにインタビュイーが英語話者に限られたことが挙げられる。(1)の点については、本調査で入手した資料を分析する中で次回調査に向けた問いを立てることが、すみやかに必要である。また、(2)の点については、前述したACCのスタッフとのインターネットを介した交流により、ソマリ語の学習を継続しておこない、次回調査でのソマリ語により熟達することを考えている。今後は、調査前に国内で入手していたソマリアでの新聞資料の分析と並行して、本調査で入手した資料の研究を進める予定である。

  • レポート:野川 真瑚(2023年入学)
  • 派遣先国:ケニア共和国
  • 渡航期間:2023年12月1日から2024年3月2日
  • キーワード:ケニア、ソマリ、歴史、知識生産

関連するフィールドワーク・レポート

ジャカルタにおける都市住民の洪水対策における隣組(RT)・町内会(RW)の役割

対象とする問題の概要  世界的に都市災害が増加、激化する中、災害時の被害軽減のためには構造物対策だけでなく行政と連携した地域コミュニティレベルの防災活動が重要であると言われている[辻本2006]。ジャカルタで顕著な都市災害としては洪水が挙げ…

カンボジア北東部における観光開発と先住民の生活変化

対象とする問題の概要  北はラオス、東はベトナムと接するカンボジア北東部の山岳地帯、ラタナキリ州には伝統的には狩猟採集と独自の文化を営んできたとされる複数の先住民グループが存在している。現在彼らの生活は、国家による開発の対象となり、繰り返し…

現代イスラーム世界における伝統的相互扶助制度の再興と新展開――マレーシアのワクフ制度に注目して――

対象とする問題の概要  本研究は、ワクフ制度と呼ばれるイスラーム世界独自の財産寄進制度に焦点を当て、その再興が見られるマレーシアに着目し、その実態の解明を目指す。 ワクフは、イスラーム独自の財産寄進制度であり、長きにわたりイスラーム世界の社…

東南アジア大陸部におけるモチ性穀類・食品の嗜好性について

研究全体の概要  東北タイ(イサーン)およびラオスでは、日常的に主食としてモチ米が食されている。一方、タイ平野部を含めた東南アジア大陸部の多くの地域では主にウルチ米が主食として食されており、主食としてのモチ米利用は、イサーンやラオスの食文化…

エチオピアにおける伝統的ダンスの継承と新たな表現の創造

対象とする問題の概要  アフリカにおいて、伝統的ダンス(以下、「ダンス」と表記)は結婚式、収穫祭などコミュニティにおける冠婚葬祭の重要な場面で演じられるとともに、コミュニケーションや娯楽のツールにもなっている。エチオピアの首都アディスアベバ…

長期化難民/移民に対する援助と地域社会の形成――タイ・ミャンマー国境地帯を事例として――

対象とする問題の概要  2021年以降、ミャンマーでは170万人以上がIDP[1]として国内での避難を余儀なくされている[2]。タイ国境においては歴史的に、国際的な人道支援アクセスが制限されるミャンマーへの「国境を越えた支援」が草の根のCS…