京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

ケニアのカカメガ森林保護区の近隣住民による薪の調達と使用に関する研究

カカメガの森を遠望する

対象とする問題の概要

 熱帯雨林は地球上の陸地面積の数パーセントを占めるに過ぎないが、二酸化炭素の吸収源として重要視されている。さらに種多様性の高さで名高く、希少な動植物が数多く生息していることでも知られている。だが近年、乱開発によって面積が急激に減少しており、保全の必要性に迫られている。ゆえに、各地で保護区を設定して森林産物の利用を制限しているが、現在でも多くの人びとが森林から得られる生態系サービスに強く依存した生活を続ける。

研究目的

 ケニア共和国の西部には、カカメガの森(Kakamega Forest)と呼ばれる森林がある。その面積は20,000haあまりと、日本の石垣島と同程度の大きさであるが、同国唯一の熱帯雨林とされている。この森は、東部アフリカの高原地帯の在来の樹種と、中部アフリカの熱帯林に起源をもつ樹種の両者がみられるという特異な植物相を有していることで名高い。しかしながら、ケニアが英国の植民地だった1930年代に大規模な伐採が始まって以来、森は人為的な影響を強く受けてきた。ゆえに現在は、カカメガの森には極相林が存在しないといわれている。また、森の周囲は同国でもっとも人口が稠密な場所とされており、人口密度は500~700人/㎢に達する。航空写真でみるカカメガの森は、モザイク状に広がる耕作地の只中に位置する小島の様相を呈している。過度な利用による森林の荒廃を防ぐために、1985年には森の北部4,000haあまりが国立保護区(National Reserve)に指定された。以降現在にいたるまで、当該地域では森林産物の採集・利用が法令により禁じられており、違反者には罰金や拘留等の処罰が科せられることになった。だが、周辺に住む人びとの多くは、薪や薬用植物といったさまざまな日用品の調達を森林に深く依存しながら生きている。地域住民と国立保護区の管理者であるケニア野生生物公社(Kenya Wild Service; KWS)とのあいだには、暴力をともなった紛争すらしばしば発生する。本研究は、日常生活に必要不可欠な「薪」という森林産物の調達と利用を切り口に、カカメガ森林保護区とその近隣に暮らす人びととの関係を明らかにすることを目的とする。

民家の敷地でみられる木々

フィールドワークから得られた知見について

 2017年11月から2018年3月までの約4か月間にわたり、ケニア共和国西部のカカメガ郡に位置するA準郡でフィールドワークをおこなった。こ一帯の標高は約1,600m、年間降水量は2,000mmあまりである。A準郡は国立保護区に指定されたカカメガの森の北部に隣接しており、人びとの多くは、KWSから処罰を受ける危険を冒しながら、多種多様な日用品をこの保護区から調達している。
 地域住民は所有地内の余剰地で多数の樹木を生産し、それを薪を含むさまざまな用途にもちいている。本調査では、まず50の民家に足を運び、GPSをもちいて敷地の面積を計測した。その面積はもっとも小さなもので2,367㎡、もっとも大きなもので35,862㎡であり、中央値は7,133㎡だった。次に、敷地でみられる胸高直径5cm以上のすべての樹木の胸高直径、樹高、樹種を調べた。計測ならびに種の同定をおこなった樹木は計9,446本にのぼった。敷地で記録した樹木の胸高断面積の総和は、敷地の総面積との相関が高かった。
 調査中に確認した樹種は、方名のみが判明しているものを含めると、少なくとも113種あった。これらは実生や苗木を植えて育てたものと、そうではないものに大別できる。前者には、ユーカリ(Eucalyptus sp.、フトモモ科)やイトスギ(Cupressus sp.、ヒノキ科)など、生長が早く用材としての価値の高い樹種が多い。とりわけ広い敷地を有する者は、現金収入源としてこれらをさかんに栽培していた。所有地の面積が小さく、商業的に樹木を生産するほどの広い土地をもたない者も、個体数は少ないながらも、このような樹種をしばしば植樹していた。これらは日よけとして、あるいは新たに家屋を建てるときの建材として使用する。
 植樹して育てたものでない樹種には、Bridelia micranthaやCroton macrostachyus(トウダイグサ科)、Markhamia lutea(ノウゼンカズラ科)、Harungana madagascariensis(ムラサキ科)、Psidium guajava(フトモモ科)等が多かった。民家の敷地でみられるこのような樹木の多くは、野鳥などの種子散布者によって偶然もたらされた個体が、半栽培的に維持されたものと考えられる。また、住人の入植前から生えていた樹木が、入植後も伐られることなく維持されていることもある。したがって、住民の敷地にかつての植生景観が反映されている場合もあると思われる。B. micranthaは材の密度が高く、木炭の原料として最適である。C. macrostachyusは成長が早く、伐採後に速やかに乾燥するために、薪にもちいられることが多い。しかしながら、前年度におこなったインタビューから、人びとの多くは、敷地から得られる樹種であれば、どのような特徴のものあっても薪にもちいることがわかっている。主として建材に使用される樹種であっても、加工時に発生する端材や細い枝は薪として利用される。カカメガの森が保護区に指定されて以来、この地域の人びとは、みずからの敷地を森林産物の新たな調達先と見なしているのかもしれない。

反省と今後の展開

 前回ならびに今回の調査では、地域住民による薪の調達と利用にかんする集中的な調査をおこなってきた。だが、これからは薪以外の森林産物の調達と利用、ならびに人間活動が森に与えてきた影響等に調査対象を広げていきたい。

  • レポート:小林 大輝(平成26年入学)
  • 派遣先国:ケニア
  • 渡航期間:2017年11月15日から2018年3月13日
  • キーワード:熱帯雨林の保全、保全と利用の相互関係、薪、森林産物

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