京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

霊長類研究者とトラッカーの相互行為分析/DRコンゴ・類人猿ボノボの野外研究拠点の事例

筆者とトラッカーたち 森の中で

対象とする問題の概要

 本研究の関心の対象はフィールド霊長類学者の長期野外研究拠点における研究者と地域住民の対面的相互行為である。調査地であるコンゴ民主共和国・ワンバ(Wamba)村周辺地域は類人猿ボノボの生息域である。1970年代から日本の学術調査隊によるボノボの調査がはじまり、現在まで40年以上にわたって研究が続けられている。
 ワンバの研究体制の大きな特徴の一つとして、他の霊長類学の長期野外調査地と比較しても特に研究者と地域住民のかかわりが深いことが挙げられる。ワンバの霊長類研究者は、森を歩く、ボノボを探索する、個体の識別をするといった活動を研究者単独でおこなうのではない。トラッカーと呼ばれる調査を支援する地域住民(通称、森の案内人)との間でなされる言語・身体的な相互行為を通してそれら活動は成り立っている。

研究目的

 本研究の目的は、霊長類研究者とトラッカーという言語的・文化的に背景の異なるアクターの参与する活動がいかにして成り立っているのかを、対面的相互行為の観察・分析から明らかにすることにある。
霊長類学の黎明期より、日本の霊長類学の方法論・認識論は世界的にも非常にユニークなものと評価されてきた。例えば、サルの群れの個体ごとに特徴を見分け名前をつける「個体識別法」や、対象となるサルに人格を付与して自らの感情を移入する「共感法」といった擬人主義的な見方は、非科学的だと非難されつつも次第にその有効性が認められ、グローバルな標準として定着した。
 本研究は、研究者以外のアクターも巻き込んだ微視的な相互行為分析という特徴により、このような日本の霊長類学の方法論・認識論の理解に対して新たな視点を与えることが期待できる。

物憂げなボノボ

フィールドワークから得られた知見について

 以下の3つの場面を中心にビデオカメラによる録音・録画をおこない、きわだったやりとりの見られる部分を選択し現地アシスタントの協力を得てトランスクリプションを作成した。
(1)ボノボの個体識別場面
 主に研究者1人トラッカー2人という体制でおこなう。新人研究者の場合、トラッカーが研究者に個体名を教示することが多い。「トラッカーを自分の目として使え」というベテラン研究者のアドバイスに顕著なように、調査のはじめは個の認知として識別するのではなくトラッカーとの相互行為を通して識別していることがわかる。ベテラン研究者の場合、自らの識別の確認・補助としてトラッカーを使うなど、相互行為の中の役割の配置に新人研究者との相違がみられる。
(2)ボノボの探索実践
 研究者も同行するが主にトラッカー2人体制でおこなう。ボノボの集団を見失った場合に、足跡、食痕、鳴き声、匂いなどを頼りに森の中を探索する。「目、耳、鼻をよく澄ますことが肝心だ」とあるトラッカーが言うように、日ごろから森に親しんで生活する地域住民の間で共有される感覚や民俗知が活動の中で積極的に用いられる。一方で研究者が調査のために切り拓いた道の名前など、長期野外研究拠点という場に特有の背景知識を参照しながら探索をするようすも観察される。地域住民同士の相互行為は民俗知と研究者が持ち込んだ枠組みとを柔軟に活用しながら進行している。
(3)ラポールの場面
 ラポールには研究者数名とトラッカーをはじめとした地域住民数十名が参加する。その日の調査に関する報告・記録、研究者からトラッカーへの仕事上の注意、トラッカーらから研究者への提言など会話の内容はさまざまである。ここでの相互行為の進行のためには、研究者が地域住民との会話に用いる言語に習熟していることのみならず、研究者とトラッカーの間でボノボの親子関係といった背景知識の共有を要する。

反省と今後の展開

 本研究で明らかになったことの一つに、霊長類研究者とトラッカーは言語的・文化的に背景が大きく異なるにもかかわらず、霊長類の長期野外研究拠点という共通のコンテクストを参照することで互いに折衝し相互行為を進行させていくということが挙げられる。またそれぞれの活動の中で研究者とトラッカーの役割の布置は一定ではなく、それは時間の経過によっても変化していく動的な過程であることも、研究者とトラッカーの相互行為を捉える上で重要な視点である。
 対面的相互行為というミクロな現象が霊長類の長期野外研究拠点というより大きなコンテクストとの関係の中でいかに進行・展開しているのかについて、映像やトランスクリプトを利用した詳細な分析を進めることで今後より具体的に検討を加えていく。

  • レポート:安本 暁(平成29年入学)
  • 派遣先国:コンゴ民主共和国
  • 渡航期間:2018年6月25日から2018年12月17日
  • キーワード:相互行為分析、霊長類学

関連するフィールドワーク・レポート

動物園における動物展示の意図と来園者の動物観に与える影響についての研究

研究全体の概要  動物園は様々な展示を通して来園者の動物観形成に影響を与えうる。本研究では動物が柵や檻などの中で展示されている通常展示、来園者と動物との間に檻などがないウォークイン展示、来園者が動物に触れることのできるふれあい展示など、様々…

カンボジア首都近郊における養殖漁業――ベトナムとの関り――

対象とする問題の概要  カンボジアは東南アジア最大の淡水湖であるトンレサープ湖を擁し、漁業はカンボジアの生態、社会、文化に密接に結びついている。1990年代の復興を通して、圧縮された近代化を経験しているカンボジアにおいて、漁業もまた急速な近…

タイの考古学に対する批判的考察/遺跡の保存・活用の観点から

対象とする問題の概要  タイは、年間約500億米ドルもの国際観光収入を得る [1] 、まさに観光立国と呼ぶにふさわしい国である。荘厳な寺院や伝統芸能、ビーチなどのリゾートと並んで、タイ観光の目玉の1つになっているのは、スコータイやアユタヤー…

生物圏保存地域甲武信における自然と人間の共生を目指す取り組みについて

研究全体の概要  本研究では山梨県、埼玉県、長野県、東京都の1都3県にまたがる甲武信ユネスコエコパークに注目し、登録に向けて大きな役割を果たした民間団体や行政の担当者への半構造化インタビューや現地のNPO法人での参与観察などを通じて現在甲武…

沖縄県における「やちむん」を介した人とモノの関係性

研究全体の概要  沖縄県で焼物は、当地の方言で「やちむん」と称され親しまれている。県の伝統的工芸品に指定されている壺屋焼を筆頭に、中頭郡読谷村で制作される読谷山焼など、県内には多種多様な工房が存在し、沖縄の焼物は県内外を問わず愛好家を多く獲…