京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

沖縄県における「やちむん」を介した人とモノの関係性

工房Tで販売されている茶碗(マカイ)(2021年8月5日、調査者撮影)

研究全体の概要

 沖縄県で焼物は、当地の方言で「やちむん」と称され親しまれている。県の伝統的工芸品に指定されている壺屋焼を筆頭に、中頭郡読谷村で制作される読谷山焼など、県内には多種多様な工房が存在し、沖縄の焼物は県内外を問わず愛好家を多く獲得している。
 本研究では、そのような沖縄県のやちむん制作に携わる陶工や陶芸作家、そして陶工見習いの語りに焦点を当て、彼ら・彼女らがやちむん制作に携わっていく中でどのような思考変容や行動変容を経験したのかを明らかにする。同時に、陶工としてキャリアを積む過程で身を置く「見習い」という立場に着目し、戦後から現在にかけて県内の陶工見習いを取り巻く環境がどのように変化していったのかを明らかにする。上記を通じ、今まで看過されがちであった見習いの制作活動や制作状況を参与観察と当事者の語りから記すことで、沖縄窯業研究の空白部分である現代における見習いに関する研究への寄与を目的とする。

研究の背景と目的

 本研究の目的は、沖縄県の伝統的工芸品「壺屋焼」を中心に、県内で生産される焼物(やちむん)の制作・販売に携わる人々がやちむんに関わっていく中でどのような思考、行動変容が生じたのかを明らかにすることである。
 民藝運動[1]の創始者である思想家、柳宗悦や同じく民藝運動に深く関わった陶芸家、濱田庄司らが壺屋焼に内在する素朴な美を高く評価して以降、壺屋焼は民藝運動の文脈や美学的用語で語られるほか、その美しさをかたち作る陶土や釉薬の研究がなされてきた。また、県内の焼物に関する考古学的・歴史学的研究も広く行われている。一方で、作り手である陶工や陶芸作家、見習いがどのような環境で制作し、どのような信念を持って焼物に携わっているのかに言及している論考は極めて少ない。
 本研究では、沖縄県内で作陶に従事する人々の中でも見習いという職業的段階に焦点を当て、彼ら・彼女らの語りを中心にモノと人の流動的関係性を考察していく。

見習いの練習風景(2021年8月3日、陶工Oさん撮影)

調査から得られた知見

 今回の調査では、2021年1月から3月にかけて調査を行った那覇市内の工房Iと、読谷村内の工房TおよびKで見習いの方々への追加調査を行ったほか、各工房の親方や陶工の方々にも聞き取り調査を実施した。また、新たに沖縄市内と大宜味村内で作陶をしている陶芸作家2名に対面とオンラインで聞き取り調査を行った。
 今回の聞き取り調査では、現在親方や陶工として作陶に従事している人々から、見習いとして働いていた当時の様子を聞き取ることを第一の目的とした。親方や陶工の方々へのインタビューからは、1960年代後半から1980年代後半の見習いの生活状況が明らかになった。概して、時代が下るほどに見習いの生活状況は、主に経済面で改善されていることが彼らの語りから伺うことができた。また、現在は工房を経営する立場でもある親方たちの語りでは、当時のご自身の経験から、後世の見習いたちへの労働・制作環境を積極的に改善しようとする考えがあることが明らかになった。一方で、「俺たちの時代は金なんか要らないから学ばせてほしかった」と言った語りや、「金のために作ってるわけじゃない」といった語りも聞くことができ、現在の見習いの働きぶりや学ぶ姿勢に対する物足りなさを示す様子も感じ取ることができた。
 現在見習いとして働く方々へは、前回の調査から3か月が経過し、自身にどのような外的・内的変化があったかといった聞き取り調査を行った。前回、今回とも調査者自身、見習いとして参与観察をした工房Tでは、見習いの構成員に変化が生じており、それに伴い工房内での各人の役割が大きく変わっていた。その結果、見習い各人の行動変容が顕著に表れていた。例えば、前回調査の際は見習い歴4か月だったAさんは、今回の調査時に工房を管理するリーダーのような役割を担うようになっていた。Aさん自身も「以前よりも周りの人の作業の様子に気を配っている」と行動変化に意識的に言及していた。

今後の展開

 今回の調査中、沖縄県内では他府県をはるかに凌ぐスピードで新型コロナウイルスが拡大していた。そのため、見習いとしての参与観察も中断・中止せざるを得なくなり、工房T以外の窯元の制作環境を調査することができなかった。今後は工房T以外の窯元でも参与観察を中心に、見習いの生活実態を調査したい。また、今回の調査で新型コロナウイルスは沖縄県内の窯業界でも大きな転換点であり、特にインターネット販売を行っていない老舗の小売店に、最も経済的しわ寄せが生じている可能性が示唆された。工房維持には小売店の存在は欠かせない上、小売店の廃業は、店舗に足を運んで製品を実際に手に取る際に生まれるある種の焼物と人の邂逅機会の消失につながりかねない。今後の研究では、小売店も視野に含めた沖縄県内の焼物を取り巻くエコシステムについて考察を深めていきたい。

参考文献

 沖縄県立博物館・美術館. 2011. 『琉球陶器の来た道 : 沖縄県立博物館・美術館×那覇市立壺屋焼物博物館合同企画展』沖縄県立博物館・美術館.
 那覇市立壺屋焼物博物館. 2015. 『現代沖縄陶芸の歩み』那覇市立壺屋焼物博物館.


[1] 「民藝」とは、1925年に思想家柳宗悦、陶芸家河井寛次郎・濱田庄司らによって提唱された「民衆が日々用いる工藝品」を意味する「民衆的工藝」を省略した造語を指す。貴族など上流階級のために作られる工藝品の対極に位置する言葉として提案され、民藝にこそ素朴で純粋な「健全な美」が宿るとした。民藝運動は、そのような民藝の理論を実践した生活文化運動を指す。

  • レポート:前田 夢子(2020年入学)
  • 派遣先国:(日本)沖縄県那覇市・中頭郡読谷村
  • 渡航期間:2021年7月12日から2021年9月1日
  • キーワード:沖縄、徒弟制、焼物、ものづくり

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