京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

東南アジアにおけるイスラーム市場の発展――マレーシアを事例として――

巡礼のための衣服、イスラームに関する書籍を販売する店

対象とする問題の概要

 21世紀以降マレーシアではハラール認証制度の普及やムスリム消費者層の中流化が起こり、イスラーム市場というものが変容している。イスラーム市場というものは、ハラールマークだけでは語ることができないものである。しかし、現在のイスラーム市場研究では、ハラールマークがついた商品や、イスラーム金融など目に見えるイスラーム的な商品に注目する傾向がある。これをふまえ、これまでのイスラーム市場研究では、あまり語られていない側面である、何が「イスラーム的」であり、何が消費者の信仰心を市場に反映させているというのかを明確にする。
 特に今回の調査地であるマレーシアにおいて、イスラーム的な商品全般の立ち位置や、それに関する人々の認識の変化に着目し、イスラーム市場の動きを考察する。また、イスラーム市場は今や、オンライン市場にも深い関係を持っている。よって、ウェブサービスを含めたものも研究対象とし今後イスラーム市場というものがどのように発展するのかを考察する。

研究目的

 2030年までに、ムスリム人口が世界の宗教人口で一位となる。この人口増加を遂げている中で、イスラーム市場もそれとともに急速に発展している。今後のイスラーム市場は、様々なウェブサービスなどのオンライン市場という側面も拡大していくであろう。そこで、イスラーム的な商品の需要と供給のせめぎ合い、またイスラーム的商品とは何かを研究することで、これからの市場の動きを突き止める。世界人口の三分の一がムスリムになる世界が近づいている中で、イスラーム市場の動向は、世界の市場の動向を発見することに繋がる。そして、日本の経済発展のキーポイントとしてのイスラーム市場への参入という面において、新しい見解を追求し、貢献する。

飲食店に飾られるイスラミックカリグラフィー

フィールドワークから得られた知見について

 クアラルンプール近郊におけるショッピングモール、朝市、夜市を廻り、それぞれの商品陳列の傾向を比較した。その上で、ショッピングモールでは海外ブランドなどが多数販売されており、ショッピングモール市場ではグローバル化が起こっていた。先行研究で消費行動のイスラーム化が進んでいるとされていたムスリム中流階級の消費者も海外製品に対する購買意欲が高いことが本フィールドワークで判明した。また、庶民が利用する朝市、夜市及びその周辺の飲食店や屋台などでは、ハラールを意識した食品やイスラームカリグラフィーを店内に飾っていたりなど、イスラーム色を感じることができた。また、ペタリンジャヤでは、近年中国系ムスリムが増加しており、イスラーム関連専門の本屋や中華系ムスリムにむけた飲食店が増加していた。この2つにより、中流階級以上の層よりも、中流階級以下の層の方が日常生活でイスラームに触れる機会が多く、視覚情報からも彼らの信仰心に影響を及ばしていることがわかった。先行研究で述べられているシャリーアコンプライアンス意識が高い企業が実際にムスリム中流階級層の職場環境として、彼らのイスラーム化に影響を与えているのならば、先行研究では触れられていない、中流階級以下の層では、彼らの普段の消費行動が中流階級以下の層のイスラーム化を支えているものであることが分かった。これに従って、マレーシアのイスラーム市場を動かしているムスリム消費者を中流階級とそれ以下の層に分けて考えると、前者は上からのイスラーム(会社などから)、後者は下からのイスラーム(自らの消費行動)というイスラームの二分化が起こっていることが分かった。さらに、インタビュー調査では、近年のムスリム向けのアプリ開発とそれに関連するバナー広告などが増えており、スマートフォンの普及が広まるとともに、益々オンラインのイスラーム市場も発展していることが分かった。ウェブ広告などのアルゴリズムを反映すると、オンラインのイスラーム市場は、下からのイスラームを支えている一要因である事が考えられる。フィールド調査とインタビュー調査を通して、下からのイスラームを支えているオンラインイスラーム市場の影響力を明らかにする事と、消費者層としての中流階級のムスリムと中流階級以下のムスリムをターゲットとしている企業などの取り組みはどのような状態であるのかを掴む事がこれからのイスラーム市場を研究するにあたって重要な事である。

反省と今後の展開

 マレーシアへのフィールドワークで実際に現地のイスラーム的習慣などの文化に触れる事により判明した、下からのイスラームの影響力の今後について継続的に研究をこれからも行う。その上で、今後は、近年のマレーシアで実際に起きている階級の変化や、民族と信仰宗教の関係性の変化を人口動態などの他の分析方法を加え、より多角的な角度で研究を行う。また、今回のフィールドワークでは主要都市での調査だったが、主要都市と近隣の都市、または山あいの地域、島、隣国と密接している地域などマレーシアの地域ごとにどのようなイスラーム性やイスラーム的消費行動の特徴が存在するのかにも着眼点をおいていきたい。さらに、オンラインのイスラーム市場で活躍しているイスラーム企業を、ファッション、文学、教育などのジャンルごとに分け、それぞれにマーケティングではイスラーム市場ではどのようなことが起こりうることが考えられているのかをインタビュー調査や、参与観察で発見していきたい。

  • レポート:冨嶋 真緒(2022年入学)
  • 派遣先国:マレーシア
  • 渡航期間:2022年8月10日から2022年9月21日
  • キーワード:マレーシア、イスラーム市場、ムスリム

関連するフィールドワーク・レポート

ケニアのカカメガ森林保護区の近隣住民による薪の調達と使用に関する研究

対象とする問題の概要  熱帯雨林は地球上の陸地面積の数パーセントを占めるに過ぎないが、二酸化炭素の吸収源として重要視されている。さらに種多様性の高さで名高く、希少な動植物が数多く生息していることでも知られている。だが近年、乱開発によって面積…

ナミビア南部貧困地域における非就業者の扱われ方についての人類学的研究

対象とする問題の概要  ナミビア南部に主にナマ語を話す人々が生活する地域 がある [1] 。この地域は非就業率と貧困率が高く、多くの非就業者は収入のある者や年金受給者と共に生活し、その支援を受けている。1990年代初めに地域内の一村で調査を…

カメルーン都市部のウシをめぐる生業活動――北部都市ンガウンデレにおけるウシ市と食肉流通に着目して――

対象とする問題の概要  カメルーン北部の都市ンガウンデレでは、毎日のようにウシにでくわす[1]。街中に都市放牧されているウシの群れもよく観察されるし、これらの産物や製品にも毎日であう。 カメルーン北部の都市ンガウンデレは国内のおよそ4割の食…

在日ムスリムのイスラーム学習とその傾向

研究全体の概要  2011年時点で、日本国内には57のモスクが設置されている。モスクは祈りの場であると同時に、クルアーンの暗記やアラビア語の学習の場としても存在していることはこれまでに明らかになっていた(三木・櫻井2012:21)。しかし、…

日本における「無国籍」者の生活実態 ――国籍、入管法、在留資格制度の狭間で――

研究全体の概要  本研究は、国家による保護がない「無国籍」状態の人々が、いかに無国籍となり、国家が制定する法律や制度枠組みの中でいかに生きているのかを明らかにすることを目的としている。本研究では、人口流動性の高いボルネオ島北部のブルネイにお…

アゼルバイジャンにおける国家によるイスラーム管理

対象とする問題の概要  アゼルバイジャンにおけるイスラームは、国家によって厳格に管理されている。具体的には、政府組織である宗教団体担当国家委員会、政府に忠実なウラマーによって結成されたカフカース・ムスリム宗務局がイスラーム管理を行っている。…