京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

タンザニア半乾燥地域における混交林の形成と利用に関する生態人類学的研究

村人と協力して苗木を植える

対象とする問題の概要

 市場経済の影響を強く受けるようになったタンザニアの農村では、現金収入を目的とした農地開発が林の荒廃を加速させている。森林面積減少の深刻化を受け、これまでに多くの植林事業がタンザニア各地で実施されてきたが、複雑な土地利用法や、他の生業との競合など、様々な要因が植林の継続を阻んできた[安 1999]。元来、タンザニアの農村に暮らす人々は、林から得られる多様な生態系サービス(燃料、建材、食糧、水、土壌養分など)に支えられながら生活してきたが、林の減少によって、人々の生活は不安定になってきている。生態系サービスを維持するためには、元の林を再生する必要があるが、それだけでは、その林が再び伐採されてしまう可能性が高い。林が破壊されてしまった経緯を考えると、林の経済的価値を高めて維持する必要がある。そこで、在来樹種の林に、経済的価値の高い早生樹を混交させる、混交林林業モデルを構想した。

研究目的

 林業は、施業・管理の効率性を優先して単一樹の林であることが世界的にも一般的であり、混交林を創造する試みはこれまでほとんど行われてこなかった[Liu et al. 2018]。したがって、タンザニアで、この混交林林業モデルを創造するにあたり、どのような課題があるのか、周辺生態系や地域社会にどのような影響があるのか、不明である。そこで、本調査では、実際に経済的価値の高い早生樹と在来樹種のモデル林をつくるための植林実験を行い、この試みによって顕在化する課題や、地域社会・生態系への影響を明らかにすることを目的とした。
 調査者は、タンザニアのソングウェ州M村に、2022年8月~2023年2月の約7か月間滞在し、村人と協力しながら、早生樹と在来樹種の混植実験を行った。加えて、村人の森林利用の実態や、在来樹種の利用方法(木材、食用、薬など)、土地利用の状況、周辺の生態系などについて調査を行った。

集めた様々な在来樹種の種

フィールドワークから得られた知見について

 調査地の植生はミオンボを基本とし、湿地帯や丘陵地など微地形ごとに異なる植生が成立していた。さらに、村周辺で採集した137種の樹木標本について聞き取り調査を行った結果、全ての樹種に現地語名があり、樹種ごとに薬、燃料、建材、食糧など、多様な方法で利用されていることが明らかとなった。これらの結果は、村人達は多様な樹木を利用し、森林に支えられた暮らしを営んでいることを示唆している。しかし、畑地面積を拡大するために林が伐採されたり、植林された苗木が放牧された家畜によって食害を受けたりするなどの問題が生じていた。
 M村においては、早生外来樹のToona ciliataが自家消費用に村人によって細々と植林されている。この樹種は、環境条件が適性であれば、10年程度で収穫可能であり、また、木材の市場価値が高いという特徴がある。しかしながら、この樹種は家畜による食害に脆弱であり、そのため、タンザニアでは一部の地域にしか植林されていない。本調査では、T. ciliataを供試樹とし、在来樹種との混交による植林実験を実施した。供試樹と在来樹種の種子を収集し、雨期にあたる12月に、鉄製のワイヤーで囲まれた植林用の畑に播種した。将来的には、成長した在来樹種が、家畜から供試樹を隠すための目隠しとなることを期待し、この柵の内側に在来樹種を、その内側に供試樹を播種した。その後、村人との協力のもと、成長観察や育林を行った結果、以下の課題が浮き彫りとなった。第一に、不安定な気象条件による苗木の枯死率が高かったこと。第二に、現在、食糧不足に苦しむ村人たちが、数十年後の利益を追求する植林活動に対して、十分な理解を示すことが困難であること。第三に、在来樹種には直接的な経済的価値がないことから、村人たちがその価値を理解することが難しいことである。

反省と今後の展開

 今回の調査において反省すべき点は、植林実験を進めるにあたって、この混合林林業モデルの経済的・環境的価値について村人の表面的な理解しか得ることができなかったことである。口頭説明だけでは、村人がこのモデルの真の価値を十分に把握することはできなかった。現在、タンザニアでは、人口増加や都市化に伴い、丈夫なハードウッド材の需要が増加しているが、国内での供給が追い付かず、ザンビアやマラウィなどの隣国から材を輸入している。もし、M村でこのモデル林が成功して他地域にも広がれば、タンザニアのハードウッド材の自給率向上が見込める。また、需要の高いT. ciliata材の生産による収入が不安定な農村経済を支え、さらに、森林減少問題の解決に貢献することも期待できる。今後は、村人への説明や研究を通じて混合林林業モデルについての理解を深めると同時に、タンザニア国内の木材流通や森林利用状況の変化にも注目し、研究を続けていきたい。

参考文献

 安洋巳. 1999.「慣習的土地利用からみた植林成立の条件-タンザニア半乾燥集村地域の事例-」『林業経済研究』 25(2):55-60.
 Liu C.L.C., Oleksandra Kuchma, Konstantin V. Krutovsky.,2018.「Mixed-species versus monocultures in plantation forestry: Development, benefits, ecosystem services and perspectives for the future.」『 Global ecology and Conservation』15: 1-13.

  • レポート:生駒 さや(2021年入学)
  • 派遣先国:タンザニア連合共和国
  • 渡航期間:2022年8月2日から2023年3月3日
  • キーワード:混交林林業、造林、タンザニア半乾燥地域、実践的研究

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