京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

タナ・トラジャの棚田における耕作放棄の利用について 水牛飼料の草地に着目して

タナ・トラジャの儀式  ※元の写真はPDF確認のこと

対象とする問題の概要

 現在日本国内において、特に平野部が少なく生産効率性の低い中山間地域にて耕作放棄地の増加が問題となっている。中山間地域では山々の斜面上の棚田において米を生産することが多いが、その棚田の耕作放棄地化が増加している。耕作放棄地は土地が管理・手入れされないことで雑草が繁茂し、獣害の温床となるなどで周囲の農地に負の影響を与える可能性がある。また国土保全機能や水源涵養機能が失われ、土砂崩れなどの自然災害が発生する可能性が高くなると言われている。また、土地が使用されず放置されていると食料自給率が低下する。上記のように、耕作放棄地の増加には多くの問題があり、解消に向けた取り組みが行われている。その解消に向けた取り組みの中で注目されているのが耕作放棄地を利用して家畜を飼育する畜産的利用であり、それに関する研究が行われている。

研究目的

 昨年タナ・トラジャにて棚田の耕作放棄地を、飼料を生産する草地として利用している事例を発見した。そしてこの草地として利用されている土地がただの耕作放棄地と異なるか、また、なぜ草地として利用し続けるかに興味を抱いた。現在棚田の耕作放棄地の畜産的利用に関して、家畜側に焦点を当てた研究はあるが、草地をどう利用・管理しているかに焦点を当てた研究は未だ行われていない。耕作放棄地を飼料用の草の生産地として利用することで耕作放棄地の有効利用につながるだけでなく、草地の減少からくる飼料の不足という問題の解消にも期待できる。今回の調査目的は耕作放棄地の利用に関して、タナ・トラジャにおける水牛飼料の草地としての利用に関して、耕作放棄の要因、草地利用の動機、草地の管理手法などを調査し、その利用法に保全性・持続性があるかに関して明らかにすることである。

草を植える現地住民

フィールドワークから得られた知見について

 今回の調査ではタナ・トラジャのS村とN村の二つの農村で調査をした。タナ・トラジャではランテパオという町で聞き取りにより、人口が年々増加傾向にあるが、耕作放棄地は増加しているということ,耕作放棄の要因は若者が農村を離れていくことで農業従事者が年々減少している事、水の流入量の減少、獣害の悪化などの理由であることを知った。その後、耕作放棄地を水牛の飼料草地として利用している方々に聞き取りを行ったところ、耕作放棄の要因は水の流入量の減少と土地所有者が離村することであった。水の流入量の減少に関しては、人口の増加やホースの発達に伴う水の使用量の増加や土砂崩れなどが起因していた。一方で高齢化により重労働な稲作を止め、耕作放棄地を水牛の飼料生産地として利用する人も存在した。また、水牛の飼料用の草は低品質でも問題なく、栽培には特別な手間や技術が不要であるため容易に行える。これらの理由から稲作を持続することが難しくなった人が耕作放棄地を飼料用の草地として利用していた。これらの草地は畦畔の整備や不要な雑草の処理、獣害の防止などの土地の管理が定期的に行われており、地滑りの問題や雑草が繁茂することによる景観の悪化などの問題は見られなかった。よって通常の耕作放棄地とは異なり、周囲の農地に負の影響を与える可能性は低くなっている。従ってこの草地としての利用が耕作放棄地の問題を解消する方法の一つだと推測できた。タナ・トラジャでは葬式などの儀礼の中で水牛を使用するため水牛が重宝されており、この儀礼が観光資源の目玉であることからトラジャの観光産業の発展とともに水牛の価値が上昇していき、水牛の価値や需要が高まるとともに、飼料となる草及びに草の生産地の価値も高まってくることが予想される。このため草地としての利用形態はタナ・トラジャの伝統的文化とともに持続していく可能性が高いと思われる。

反省と今後の展開

 今回の調査では約1ヵ月村に滞在し調査を行っていたが、設定した期間の短さのため二つの村で調査することが限界であった。これには調査許可の手続きで必要最低限の日数以上をかけてしまったことにも起因している。次の調査ではより長期間の時間を設定して調査範囲を拡大し,不在地主からの直接的なデータや十分なサンプル数を確保したうえで考察に取り組んで生きたい。また、途中までは通訳者を付けない単独による調査を行っていたため、インタビュー時間が予定より大幅に長くなってしまうことがあった。従って現地住民の協力とより一層語学力を身に付ける必要性を強く感じた。次に草の中でも水牛が食べることのできない種類があると言われたが、正確に種を同定する能力がなかった。次回の渡航までに草を含む野生植物の知識を多少は身に付け、より深い考察を行えるようにしていきたい。

  • レポート:丹羽龍一 (平成30年入学)
  • 派遣先国:インドネシア
  • 渡航期間:2019年8月20日から10月11日
  • キーワード:棚田、耕作放棄地、水牛、草地、持続性、土地管理

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