京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
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フィールドワーク・レポート

インドネシア・ディエン高原における傾斜地利用とその変容

写真1 ジャガイモ畑に設置した温湿度計。現地調達した竹を針金で組み合わせて作製した。

対象とする問題の概要

 インドネシア・ジャワ島のディエン高原では、斜面に広がる段畑で、冷涼な気候を生かした野菜栽培がおこなわれている。本調査が着目するのは、この斜面農業と霜害との関係である。斜面では、放射冷却が相対的に弱まることにより、低地よりも地表面温度が暖かくなる「斜面温暖帯」が生じることがある。日本においても、みかん園や茶畑などで、この斜面温暖帯を農業の気候資源として活用する例がある。
 ディエン高原の農家は、ジャガイモを枯らす明け方の霜を「Bun Upas(毒の霜)」と呼び、恐れてきた。一方、本年8月に実施した予備調査では、「霜は低地で発生し、斜面の段畑では生じにくい」という声が聞かれ、斜面温暖帯が霜害リスクの軽減に寄与していると示唆された。気候変動が進行するなか、わずかな気温差に依拠するこれらの農業は脆弱性が増す。ディエン高原の微気象を高精細に観測し、農業との関係を明らかにすることは極めて重要である。

研究目的

 本研究は、ディエン高原の斜面温暖帯を観測すること、および現地農家がこの気候資源をどのように活用しているかを明らかにすることの2点を目的とした。まず斜面温暖帯の観測のため、標高の異なる10地点に温湿度計を設置し、夜間の気温変化を捉えた。温湿度計は、地表から最初に熱が輸送される接地層最下面にあたる地上20 cmに設置した。また、いくつかの地点には30分間隔で自動撮影が可能なカメラを併設し、天気と葉面の様子を記録した。一方、現地農家に対してはアンケートとインタビューを実施した。アンケートでは、霜害が頻繁に生じる地域を地図上で囲んでもらうことで、農家がもつ霜害の分布認識を把握した。またインタビューでは、地域の栽培暦や土壌に関する現地語彙を収集した。これらで得られたデータや知見を、渡航前に解析していた人工衛星データと組み合わせることで、総合的かつ現実に即した考察の実現を目指した。

写真2 傾斜段畑におけるジャガイモの収穫。ディエン高原のジャガイモは食感がもちもちしていて、とても美味しい。

フィールドワークから得られた知見について

 現地に設置した温度計のデータから、快晴時の夜間には盆地の底部よりも、その60 m上方にある斜面の方が約7 ℃高温であることが明らかになった(標高2060 m地点が5 ℃のとき、標高2119 m地点は12 ℃であった)。また、快晴時と曇天時を比較すると、快晴時は曇天時よりも夜間の気温が約10 ℃低く、一方で曇天時には全ての標高で同じ気温に保たれることが分かった。これらの結果は、当地の盆地地形が夜間に冷たい空気塊を溜め込む「冷気湖」を形成し、強い底冷えを生じさせていること、そして斜面上では斜面温暖帯が発達していることを示す。
 農家へのアンケートからは、盆地底部にあるアルジュナ寺院周辺が霜害の頻発地域として認識されていることが分かった。この結果は、JAXAの人工衛星「しきさい」による地表面温度の観測結果ともおおむね一致しており、農家が日々の経験を通じて、冷気湖の存在を的確に把握していることを示している。一方、インタビューでは、盆地底部のアルジュナ寺院周辺の土壌が「lemah ngembel(ふやけた土)」と呼ばれ、肥沃な土として認識されていることがわかった。地質図との照合によって、この地域は湖成堆積物から成ることが確認され、現地語彙と対応していた。また、霜害が生じやすい盆地底部では7〜8月の早い時期に収穫を終える一方、斜面温暖帯が形成され霜が生じにくい段畑では、霜害期を必ずしも意識しない栽培暦が採られている可能性が示唆された。さらに、聞き取りから、ジャガイモの売値が1.5倍に上昇するほど収穫量が減少する甚大な霜害が約5年に一度発生することも分かった。このような甚大な霜害が生じても、斜面上の段畑では霜が降りにくく、かつ売値の上昇によって収益がむしろボーナスのように一時的に向上するという語りも得られた。
 これらの結果は、冷気湖と斜面温暖帯という微気象が当地の農業に大きな影響を与え、盆地の底部と斜面の畑で異なる生業戦略が形成されていることを示唆するものである。

反省と今後の展開

 機械の故障や私の確認不足により、いくつかの観測機器でデータが途絶えてしまった。インドネシアでの設置の前に、国内で十分に観測経験を積む必要があったと反省している。一方で、機器の故障を想定して多地点に観測機器を配置していたため、最終的には必要な結果を得ることができた。
 今後は、盆地底部と斜面の畑で形成されている微気象を、農家がどのように活用し、生業戦略を構築しているのかに注目して調査を進めたい。特に栽培暦、収益、肥料などの投入量に着目し、立地による違いを明らかにしたい。また、東南アジア大陸部の山岳地域や日本の四国山地など、斜面利用が発達した他地域も訪れ、斜面の土地利用にどのような共通点・相違点が見られるかを比較研究していきたい。

  • レポート:金居 新大(2024年入学)
  • 派遣先国:インドネシア
  • 渡航期間:2025年10月11日から2025年11月25日
  • キーワード:斜面農業、微気象、気候資源

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