京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

ミャンマー・シャン州南部の農業システムにおけるヤマチャ利用

古い茶園(火入れ更新済)(カロー地域)

対象とする問題の概要

 東南アジア大陸部山地では急激な森林減少が観測されており、原因の一つとして農地の拡大が指摘されている。ゴム等の大規模プランテーションや換金作物の集約的栽培は、森林破壊だけでなく、不安定な価格に伴う経済的リスクの増大等、新たな社会問題を生んでいる。
 これら集約的栽培に対し、伝統的農業に着目すると、農業に利用可能な土地が少ない中、山地の人々(以下山地民)は焼畑による森林の循環利用と林産物採取を組み合わせた山地特有の農業システムを発達させ、それを伝統的に維持することにより地域の森林資源を持続的に利用してきた[Cairns 2007]。これら山地民による伝統的農業や近年の土地利用変化への対応について理解を深め、森林利用の持続性も含めて再評価することにより、現代農業に応用が可能なシステムとしてとらえることができる。それは、山地の森林保全のみでなく、換金作物の急激な価格変動に対する山地民へのセーフティネットにもつながる。

研究目的

 本研究は、ミャンマー・シャン州南部にて、在来種であるチャノキ(茶の原料)の伝統的利用や、チャノキが他の換金作物と混作されている点に着目し、同地域の農業システムにおけるチャノキの利用方法及びチャノキの栽培の実態を把握する。
 具体的には、焼畑跡地で群生するヤマチャ(栽培されていないチャノキ)利用や、他の換金作物との混作状況等について聞き取り調査を実施し、生態学や民族植物学等の学際的な視点から明らかにする。

チャノキに着生するラン(手前)、チャノキ、Leek、コーヒーの苗木
(ピンダヤ地域)

フィールドワークから得られた知見について

 シャン州南部のピンダヤおよびカロー、ピンラン地域において、それぞれ6村(計18村)において聞き取り調査を実施した。
 調査対象地域のうち、ピンラン地域とカロー地域でかつて焼畑が主な生業であったことがわかったが、いずれもチャノキは焼畑時代に自家用に小規模に栽培されたのみであり、シャン州北部のように焼畑休閑地にチャノキが繁茂するという情報は得られなかった。しかし、カロー地域等での古いチャノキの更新方法は伐採と火入れのみなので、焼畑休閑地でのチャノキの更新方法と同様である。チャノキもまばらに生育し、茶栽培の原始的な形態に近いと考えられた。
 特筆すべきこととして、同地域においてチャノキと混作される作物の多様さが上げられる。作物も多様であるが、混作がみられる地域では、チャノキの樹高も様々である。
 ピンダヤ地域では、Leek (ネギの一種)がチャノキの間で栽培されている。Leek の高さは30 ㎝程度なので、チャノキの成長を妨げることはない。サヤエンドウやインゲンマメは、チャノキの間に高さ1.5m ほどの竹棒を指して育てられている。これらの収穫期は茶葉が摘めない時期なので、収入源として重要である。高標高地では樹高の高い古いチャノキにランが着生しており、それらも市場で売られている。以上のように、ピンダヤでは茶葉が摘めない時期を補完する作物を間に植えているが、作物によって樹高を調整する(もしくは反対かもしれないが)ことが可能なことは、チャノキの特性であると思われる。
 また、カロー地域では、オレンジやアボカドの樹の林床または間にチャノキが育っている。これらはチャノキの間に、もしくは茶園だった場所にチャノキを伐って植えられた。ただし、茶の根は残したままなので、また萌芽しチャノキが生育している。これは、チャノキの攪乱に対する耐性を利用した方法ともとれる。

反省と今後の展開

 チャノキの伝統的利用という点では、今回調査で、焼畑休閑地におけるチャノキ利用の情報は得られなかったが、チャノキと他の作物の混作による空間利用という、地域特有の農業システムについて確認することができた。
 チャノキの根は非常に強く、様々な作物と混作が可能であり、肥料や殺虫剤も必要がない。また、シカなどの食害にもあわない(ピンラン地域聞き取りより)。本調査地域では、それら特性を生かして茶園の空間利用がされており、これら利用方法の詳細をさらに調査することにより、地域資源としてのチャノキの有用性や、在来種を利用した持続可能な農業システムの可能性を示すことができると思われる。

参考文献

【1】Cairns. (eds) 2017. Voices from the Forest, Washington, D.C,: RFE Press.

  • レポート:内藤(磯田)真紀(平成29年3年次編入学)
  • 派遣先国:ミャンマー国
  • 渡航期間:2018年12月20日から2019年1月14日
  • キーワード:ミャンマー、チャノキ、混作

関連するフィールドワーク・レポート

スリランカ内戦後のムスリム国内避難民(IDPs)についての研究/女性の視点から考察する国内避難民の社会変化

対象とする問題の概要  本研究では1983年から2009年のスリランカ内戦において、タミル武装勢力により故郷を追放され国内避難民(IDPs)となったムスリムのコミュニティに焦点を当てる。シンハラ対タミルの民族紛争の構造で語られることの多いス…

マレーシア華人の自己表象に関する一考察 ――民族博物館と歴史教科書を例に――

対象とする問題の概要  多民族を抱えるマレーシアは複合社会であり、マレー人・華人・インド人をはじめとする各民族集団間の境界がはっきりしている。一方、マレー人と華人の間には緊張関係が存在し、同国の政治と社会経済の中心課題に位置づけられている。…

キャッサバ利用の変化と嗜好性からみるタンザニアの食の動態

対象とする問題の概要  キャッサバは中南米原産の根菜作物であり、現在世界中でさまざまに加工・調理され食べられている。タンザニアでもキャッサバはトウモロコシやコメとならんで最も重要な主食食材の1つである。キャッサバを主食としていない地域でも、…

宗教多元社会における政治的意思決定/レバノンにおける公式・非公式なエリートの離合集散

対象とする問題の概要  筆者は2017年7月4日から7月26日にかけてレバノン政府によるパレスチナ難民政策に関する調査を行うために、レバノン共和国においてフィールド調査を行った。レバノンは第1次大戦後の「中東諸国体制」の形成による地域的状況…