京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

インドネシアの伝統的薬草療法ジャムウが地域社会で果たす役割について/健康増進・疾病予防・女性のライフイベントサポートの観点から

ジャムウ実践者(左)と顧客達

対象とする問題の概要

 近年インドネシアは、急速な経済発展と生活様式の変化に伴い、生活習慣病や高齢化による慢性疾患が増加している。これらの疾患は、西洋医学だけで即座に根治しないため、先進国では、補完・代替療法(マッサージ・薬草等)を導入する医療機関もある。一方、インドネシアでは、伝統的な補完・代替療法として薬草療法ジャムウがある。ジャムウは、植物の根や葉などから造られた薬[高橋 1988: 14]で、ジャムウ製品であるシロップや薬草オイル等は、インドネシアで幅広く使用されている。本研究は、ジャムウ実践者(ジャムウ行商婦人)の作るジャムウドリンクに着目する [1]


[1] ジャムウ実践者とは、自らのレシピで複数の薬草から複数のジャムウドリンクを作り、自分の決めた地域又は市場で、販売するジャムウ実践者兼商人である。

研究目的

 本研究は、伝統的薬草療法ジャムウが地域社会でどのような役割を果たしているか、健康増進・疾病予防・女性のライフイベントサポート(例:妊娠・育児等)の観点から解明し、地域医療の貢献を目的とする。さらに生活習慣病や慢性疾患など健康課題を抱える人々に、代替療法の存在を伝え、近代西洋医学との適切な使い分けによる健康課題の改善に役立てる。
 研究方法は、まず先行文献からジャムウについて体系的な理解を行い、続いて、ジャムウ発祥の地とされる旧王都スラカルタ周辺(スコハルジョ県の村落)で、ジャムウ実践者の参与観察と聞き取り、GPSによる販売経路を把握する。また、ジャムウ使用者に質問票によるアンケート調査を行う。

ジャムウ実践者の孫1歳の誕生日、家族や親戚・近所の人たち

フィールドワークから得られた知見について

 まず、ジャムウに関する文献や統計を収集し、薬草関連機関を訪れ、現在の状況を見聞きすることができた。
 続いて、スコハルジョ県N郡において、1人のジャムウ実践者(実践者A)に参与観察と、GPSによる販売経路の把握や聞き取りを行った。実践者Aは、販売毎に 8 種類のジャムウドリンクを作り、顧客の目的や嗜好に合わせて、単品または2、3種類のジャムウを組み合わせている。材料は、市場で仕入れ、一部は庭先の薬草を採取する。実践者 A は、保健局やジャムウ会社主催の勉強会に参加し、知識と実践を兼ね備え、ジャムウ使用者から相談があれば、適宜助言をしている。販売経路や販売時間は、概ね一定であるため、顧客は定期的にジャムウを飲用しやすい。
 実践者Aの顧 客、ジャムウ使用者(18歳以上)44人を対象に、質問票によるアンケート調査を実施した。90% 以上が飲用しているジャムウの効能を知っていると回答し、ジャムウ飲用目的は、健康増進や女性のライフイベントサポートが各 75%と多く、80%以上の顧客がいつも同じ種類のジャムウを飲んでいた。
 また、女性顧客のライフヒストリーに着目すると、各世代やライフステージで共通するジャムウを飲んでいた。例えば、授乳期は、Daun Papaya(ダウン パパイヤ)を飲用し、効能は母乳促進である [2] 。このように、各世代の健康課題またはライフイベントサポートの目的と、ジャムウの効能が一致している。
 つまり、多くの顧客が目的意識を持ってジャムウドリンクを飲用し、それは健康増進や女性のライフイベントサポートの目的が多い。さらに、各世代・ライフステージに適したジャムウを飲用している。これは、ジャムウ飲用の伝統的慣習が、この地で以前からジャムウ実践者の助言と、年上の家族や近所の人が各世代に合ったジャムウを飲用していたため、生活の中で自然に身についた健康行動・生活の智慧である可能性が高い。


[2] Daun Papaya は、パパイヤ(Carica papaya L.)の葉を利用したジャムウである。

反省と今後の展開

 今回、初回調査のため、ジャムウ実践者や近隣住民と関係構築を重視し、できるかぎり行事の参加に努めた。一方、フィールド調査に慣れていないため、調査の後半は体調がすぐれず、調査のスピードが遅くなり、心身が疲れていた。もう少しゆったり向き合い、オフの時間を設けてバランスをとり、日頃から体力をつけることを心がけたい。
 今後の展開は、初回調査で得た情報を様々な角度から分析・考察し、入手した文献から知識を深める。また次回フィールド調査で、(1)各顧客の参与観察、(2)元ジャムウ実践者の聞き取り、(3)ジャムウを飲用していない住民の聞き取り、様々な視点で地域社会におけるジャムウを把握したいと考える。

参考文献

【1】今西二郎.2008.『統合医療』金芳堂 .
【2】久米美代子・飯島治之.2007.『ウーマンズヘルス―女性のライフステージとヘルスケア―』. 医歯薬出版 .
【3】高橋澄子.1988.『ジャムゥ―インドネシアの伝統的治療薬―』平河出版社 .
【4】N. Wulijarni-Soetjipto and Sarkat Danimihardja〈https://uses.plantnet-project.org/en/Carica_papaya_
(PROSEA)〉(1993)Sutarjadi, Abdul Rahman, NiLuh Indrawati. 2012.Jamu, obat asli Indonesia pusaka leluhur warisan nasional bangsa. Indonesia: Gramedia Pustaka Utama.

  • レポート:杉野 好美(平成30年入学)
  • 派遣先国:インドネシア
  • 渡航期間:2018年11月6日から2019年2月17日
  • キーワード:伝統的薬療法草、ジャムウ、地域医療、インドネシア

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