京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

観光によって促進される地域文化資源の再構築と変容/バンカ・ブリトゥン州の事例から

ブリトゥン島の伝統衣装および結婚式の内装。伝統衣装には赤色と金(黄)色が用いられるが、華人文化が元になっている。

対象とする問題の概要

 私は現在、インドネシアのバンカ・ブリトゥン州に着目し、観光産業が現地の地域文化資源の再構築と変容に果たす役割を研究している。同州は18世紀以降世界的な錫産地であったが、近年は枯渇してきており、錫に代わる新たな産業のニーズが高まっている。現在同州では、錫に代わるものとして観光開発に力を入れ始め、インドネシア国内でも注目が高まっている。民族的にはムラユ人が多数派であるが、オランダ植民地時代から錫鉱山労働者などとして華人など他民族が多く流入してきており、多民族・多文化地域である[1] 。そのため、観光開発のために地域文化資源を積極的に活用するといっても、中央・地方政府、地域住民それぞれが重視して動員・利用する地域文化資源は同様ではない。錫産地として栄えてきた同州が、観光地として発展する中、どのような地域文化資源が利用されているのかを明らかにすることで、地域文化や社会がどのような変遷を遂げてきたのかが、明らかになると考える。


[1] ムラユ人約71%、華人約11%、ジャワ人約5%、ブギス人約2%とされている。[岡本 2012]

研究目的

 本研究では、同州における観光開発において、中央・地方政府、地域住民といった多様なアクターが、どのような地域文化資源を動員・利用してきているのか、そしてその過程で地域文化資源がどのように再構築・変容されてきたのか、結果としてどういった地域文化像が作り出されてきているのかを明らかにすることを目的とする。また、本調査を通して、同州の人々が、同州を経済的・歴史的に支えてきた錫鉱山とどのように向き合っているのか、また、新たな産業としての観光をどのように捉えているのかについても明らかにしたい。
 今回の渡航では、インタビュー調査、資料収集(地域住民、観光局職員等を対象)を実施した。また、カウンターパートであるバンカ・ブリトゥン大学にて、研究内容に関する発表も行い、現地学生との意見交換を実施した。

バンカ島のTanjung Gunung。錫の海洋採掘が行われているすぐそばでレジャー施設の開発が進んでいる。

フィールドワークから得られた知見について

 これまでの調査では、同州が観光で利用している地域文化資源は、海岸や湖などの自然、伝統舞踊や伝統建築を始めとしたムラユ文化、そしてイスラーム教流入以前から強く残っている現地のアミニズム的儀礼 [2] などがあることが明らかになっていた。今回のフィールド調査では前回までの調査結果に加え、観光における華人文化の動員(伝統衣装に見られるムラユ文化と華人文化の融合、華人コミュニティーが中心となったイベントの開催など)が明らかになった。このことから、同州における多民族・多文化的特性が、現地の観光に用いられる地域文化資源においても反映されていると言えそうである。また、インドネシア中央政府、バンカ・ブリトゥン州政府、地域住民の関係性(あるいは位置関係)についても、インタビュー調査などからより鮮明になった。
 特に環境面などでその悪影響が注目されてきた錫鉱山だが、ネガティブな視点がある一方で、ポジティブな視点(錫鉱山が同州の経済的発展をもたらし、現地の文化を形作る背景となったこと、鉱山跡地自体が地域文化資源となりうること等)も地域住民の中で持たれているようであることも、今回の調査で明らかになった。錫以外にも、トリウム等の鉱山物質が豊富である同州では、観光開発に舵を切りつつも、新たな鉱山資源の採掘とそれがもたらす経済的繁栄を期待する人々の姿も見受けられる。しかしながら、同州における観光産業は現在進行形で発展し続けており、観光産業が同州に根付くことで、鉱業以外の産業が芋づる式に発展していくことを地域住民は期待しているようである。


[2] Suku Sawangと呼ばれる人々による、豊漁を願う儀礼である「Buang jong」など、観光局によって地域文化資源と見なされている。

反省と今後の展開

 現在、同州の中でも特にブリトゥン島に着目して調査を進めているが、バンカ島、ブリトゥン島それぞれの観光開発のあり方が異なるため、今後バンカ島での調査を継続すべきか検討する必要があると考えている。また、今回インドネシア滞在中にアポイントメントを取っていたものの、先方の都合でインタビューが出来ずに終わってしまったことがあった。今後フィールドワークを実施する際、そうしたインタビュイーに当たっていくとともに、現在に至るまでインタビュイーに偏りが見受けられるため、より幅広い地域住民(錫鉱業から観光産業へシフトした人々、観光以外に携わる人々など)に対してインタビュー調査を実施していきたいと考えている。

参考文献

【1】岡本正明. 2012.「慣習継承の政治学」鏡味治也編『民族大国インドネシア』木犀社, 221-242.

  • レポート:二重作 和代(平成30年入学)
  • 派遣先国:インドネシア共和国
  • 渡航期間:2019年1月11日から2019年3月8日
  • キーワード:インドネシア、観光開発、錫鉱山、地域文化

関連するフィールドワーク・レポート

現代イスラーム世界における伝統的相互扶助制度の再興と新展開――マレーシアのワクフ制度に注目して――

研究全体の概要  本研究は、ワクフ制度と呼ばれるイスラーム世界独自の財産寄進制度に焦点を当て、その再興が見られるマレーシアに着目し、その実態を解明することを目指す。 ワクフ制度とは、収益化できる財産を持つ者が、そこから得られる収益を特定の慈…

ブータンにおける女性の宗教実践とライフコースの多元性

対象とする問題の概要  南アジア社会における女性研究では、世俗としての家族と現世放棄としての出家という二項対立的な女性のライフコース選択は自明のものとされてきた。特に、女性のセクシュアリティは危険なものとされ、家族や宗教といった制度によって…

「自然-社会的なもの」としての水の利用・分配に関する研究――東アフリカ乾燥地の町における事例をもとに――

対象とする問題の概要  東アフリカの乾燥・半乾燥地域に分布する牧畜社会を対象にした民族誌的研究では、「水」は不足しがちな天然資源として捉えられてきた。そして、水不足の問題が人道的・倫理的な介入の対象となってきた。それゆえ、この地域を対象にし…

セネガル・ムリッド教団の宗教組織ダイラの多様性に関する研究

対象とする問題の概要  セネガルのイスラーム教徒のおよそ3割が属するムリッド教団は、元々農村部に基盤を置く教団であった。1940年代以降、ムリッド教団の信徒の中に都市部に移住するものがみられるようになったが、当時首都のダカールはティジャニー…

牧畜社会における技術や知識の学び ――子どもの生活に着目して――

研究全体の概要  南部アフリカに住んでいるヒンバは、ウシやヒツジなどの家畜を保有して遊牧生活を行なっている。彼らは半乾燥地域に住んでおり、天水農作による農作物の生産性が低い。そのため、家畜を飼育することで、家畜からのミルクや肉を食料として頂…

エチオピア西南部高地における日用具と生活文化の保全に関する地域研究

対象とする問題の概要  エチオピア西南部の高地に住むアリの人びとは、バルチモアと呼ばれる木製の3本足の椅子を日々の生活で利用している。調査対象にしたジンカ市T地区に生活する人びとは、バルチモアだけではなく、プラスチック製椅子や複数の素材を組…