京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

屋久島における人とニホンザルとの関係とその変化 ――ニホンザルによる農作物被害に注目して――

M集落の果樹園の様子。中央奥から右奥にかけて電気柵が見える。

研究全体の概要

 野生動物による農作物被害は世界各地で問題となっている。屋久島でも、ニホンザルによる柑橘類を中心とした農作物被害が引き起こされてきた。
 本研究の目的は、屋久島のニホンザルによる農作物被害に注目し、人とニホンザルとの関係とその変化を明らかにすることである。このような知見は、農作物被害の減少およびニホンザルの保全に役立つと考えられる。
 今回の調査では、いくつかの集落に集落全体を囲むような電気柵が設置されており、ニホンザルによる農作物被害対策として比較的うまくいっていることがわかった。このような電気柵は、人の暮らす場所とニホンザルが暮らす場所の明確な「境界」となる。農家への聞き取りや電気柵の視察によって、その「境界」の意味合いは、時代や農家、生物種ごとに異なっていることが示唆された。
 今後は聞き取りやカメラトラップ調査を行い、この「境界」を巡る人とニホンザルとの関係をより詳細に描き出していきたい。

研究の背景と目的

  生息地や資源を巡る人と野生動物との対立は、人間にとって不利益なだけでなく、野生動物の保全にとっても大きな障害となってきた [Woodroffe et al.2005]。野生動物による農作物被害は、その代表的な例である。
 鹿児島県南方に位置する屋久島にはニホンザルの固有の亜種であるヤクシマザル(Macaca fuscata yakui)が生息し、ここでは1970年代から継続してニホンザルの社会生態学的研究が行われてきた。一方で、1950-60年代から人々による森林利用が大きく減少したことなどによってニホンザルが人里に姿を現すようになり、1980年代から主要な農作物である柑橘類を中心とした被害が深刻な問題となっている[揚妻2008]。
 本研究では、ニホンザルによる農作物被害に注目し、屋久島における人とニホンザルとの関係とその変化を明らかにすることを目的とする。そのような知見は、農作物被害の減少だけでなく、ヤクシマザルの保全にも役立つと考えられる。

電気柵の様子。電気が通っていても、周囲の木の枝がかぶさっているとそこからニホンザルが入ってきてしまう。

調査から得られた知見

 屋久島全24集落の区長及び農家に聞き取りを行うと、柑橘類栽培が行われている集落では必ずニホンザルによる農作物被害が起きていた。中には全ての果実が被害に遭い収穫できないというような農家もいた。一方で、いくつかの集落では、柑橘類栽培が盛んに行われているにも関わらず、被害を比較的うまく抑えられていることがわかった。それらの集落の共通点は、集落を囲むような電気柵を設置し、継続的に管理していることであった。
 そのうちの一つであるM集落では、1990年代に畑地総合整備事業で最初の電気柵設置が行われ、現在はほとんどすべての果樹園を囲む形で電気柵が建てられている。つまり、人の暮らす場所とニホンザルの暮らす場所の間には、明確な「境界」が存在する。
 M集落の農家への聞き取りや電気柵視察の結果、以下の3点が明らかになった。
①1990年代に設置されたものから2014年のものまで、様々な年代の電気柵が混在している。
②電気柵の管理状況も果樹園毎に様々であり、適切に管理されているものもあれば機能していないものも多い。
③現在人が電気柵の外側を利用することはほとんどなくなっている一方で、ニホンザルは管理の甘い部分や川の切れ目などから電気柵内部に入ってきて被害を起こす。さらに、シカやタヌキはより頻繁に電気柵内部を利用している可能性が高い。
 つまり、人が暮らす場所とニホンザルが暮らす場所の間の「境界」は、時代ごと、農家ごと、生物種ごとに異なる意味を持つ可能性があるということが示唆された。
 一方で、適切に管理された電気柵があまり多くなかったことにより、果たして電気柵がニホンザルの農作物被害を抑える決定的要因になっているのかという点には疑問が残った。M集落の区長への聞き取りから、かつて捕獲も盛んに行われていたことや、ニホンザルが病気で大量死した可能性があることもわかっている。そうしたことも含め、「境界」の持つ意味を検討していく必要がある。

今後の展開

 今回の調査では、屋久島には人の暮らす場所とニホンザルが暮らす場所の「境界」となる電気柵が設置されており、ニホンザルによる農作物被害を防ぐ役割を担っていること、またその意味合いが時代や農家、生物種ごとに変化することが明らかになった。
 今後は、以下のことを行っていく予定である。
①電気柵の設置年代及びその管理状況の異なるM集落の農家複数人に聞き取りを行い、ニホンザルによる農作物被害状況や対策状況、その変化等を調べる。
②M集落の人々への聞き取りによって、人の電気柵外利用状況を調べる。またカメラトラップによって、動物(ニホンザル、シカ、タヌキ)の電気柵内外利用状況を調べる。
 これらの情報を統合し、「境界」をめぐる人とニホンザルとの関係をより詳細に描き出していきたい。さらには、この「境界」を設けることが屋久島においてどの程度適切なニホンザル農作物被害対策であるかということについても検討していきたい。

参考文献

 Agetsuma, N. 2007. Ecological function losses caused by monotonous land use induce crop raiding by wildlife on the island of Yakushima, southern Japan. Ecological Research 22: 390–402.
 Woodroffe, R., S. Thirgood and A. Rabinowitz. 2005. People and Wildlife: Conflict or Coexistence? Cambridge, UK: Cambridge Univ. Press.

  • レポート:大坂 桃子(2020年入学)
  • 派遣先国:(日本)鹿児島県熊毛郡屋久島町
  • 渡航期間:2020年11月4日から2021年3月15日
  • キーワード:Human-Wildlife Conflict、ニホンザル、屋久島

関連するフィールドワーク・レポート

現代イスラーム世界における伝統的相互扶助制度の再興と新展開――マレーシアのワクフ制度に注目して――

対象とする問題の概要  本研究は、ワクフ制度と呼ばれるイスラーム世界独自の財産寄進制度に焦点を当て、その再興が見られるマレーシアに着目し、その実態の解明を目指す。 ワクフは、イスラーム独自の財産寄進制度であり、長きにわたりイスラーム世界の社…

マダガスカル北西部農村におけるマンゴーと人の共生関係――品種の多様性とその利用――

対象とする問題の概要  栽培植物は常に人間との共生関係の中で育まれてきた。植物の品種を示す言葉は複数あるが、本研究の関心は地方品種にある。地方品種は、地域の人々の栽培実践によって成立した品種として文化的意味を含んでおり[Lemoine et…

2017年度 成果出版

2017年度のフィールドワーク・レポートを編集いたしました。PDF版公開を停止しています。ご希望の方は支援室までお問い合わせ下さい。 書名『臨地 2017』院⽣海外臨地調査報告書 発⾏者京都⼤学⼤学院アジア・アフリカ地域研究研究科附属次世代…

マレーシアにおけるイスラーム型ソーシャルビジネス――その社会的起業の実態と傾向――

対象とする問題の概要  本研究の対象は、東南アジアで活発化しているイスラーム型ソーシャルビジネスである。特にマレーシアに注目して研究を進める。マレーシアでは、10年程前から社会的起業への関心が高まっている。2014年には社会的起業を促進・支…

インドネシア熱帯泥炭湿地林における土地利用調査

対象とする問題の概要  熱帯低湿地の中で水が溜まりやすい地域には、植物遺体の分解が途中で止まり、炭素と水の巨大な貯蔵庫と称される熱帯泥炭湿地が発達しやすい。インドネシアは世界最大の熱帯泥炭湿地保有国である。泥炭湿地は貧栄養で農業に適さないた…