京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
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フィールドワーク・レポート

移民先で生成される「インドネシア」表象

マスジド・ヌサンタラの壁に掛けられたNUのロゴ。2021年2月13日、東京都千代田区、報告者撮影。

研究全体の概要

 本研究は、インドネシア出身者が表象する「インドネシア」に着目し、各移民コミュニティにおいて「インドネシア」がいかに位置付けられているのかを明らかにする。本来インドネシアとは、想像から成る政治的な共同体である[アンダーソン2007]。しかし、ある具体的な事物をもって、実体的な「インドネシア」が語られることがある。移民先でも、インドネシア商店や宗教施設などで「インドネシア」が頻繁に表象される。特定の場所で特定の事物をもって表象されることにより、「インドネシア」は実体的なものとして想像される。従来のインドネシア出身者のコミュニティに関する研究では、「インドネシア」が結集の軸となることが指摘されつつも、「インドネシア」の存在自体は自明視されてきた[小池2017]。本研究は、移民の語りや表象行為に着目し、従来のディアスポラ研究では疑いなく前提とされてきた、結集の軸としての「インドネシア」像の解体を目指す。

研究の背景と目的

 インドネシア出身者は、移民先においてもインドネシアから輸入された商品を日常的に消費する。また、モスクでは同国出身者で集まって祈ることも多い。これらの行為がなされる店舗や施設、団体の名称には「インドネシア」や「ヌサンタラ[1]」という語が頻繁に使用される。インドネシア出身者が「インドネシア」の名の下で、特定の場所や時間、事物を共有することで、「想像の共同体」であったインドネシアは、具体的な実体をもった「インドネシア」として認識されるようになる。当然ながら、その実体化にあたり共有した場所や時間、事物が異なれば、認識される「インドネシア」像も異なったものとなる。本研究の目的は、移民の「インドネシア」表象を収集・考察した上で、従来その唯一性が自明視されてきた、移民コミュニティの結集軸たる「インドネシア」を相対化することである。


[1] インドネシア語でインドネシアの島嶼群を指す語。インドネシアの雅号。

MIO建設のために献金を呼びかけるビラ。このビラでは、MIOの正式名称はMasjid Indonesia Osakaとなっている。2021年2月26日、大阪府大阪市、報告者撮影。

調査から得られた知見

 今回の調査では、インドネシア商店とモスクで聞き取りを行った。紙幅の都合上、ここでは「インドネシア」表象が顕著に見られたモスクでの事例に限って報告を行う。
 東京都千代田区のモスク、マスジド・ヌサンタラでは、インドネシアの穏健派イスラーム団体であるナフダトゥル・ウラマー(NU)系のムスリムが集まって勉強会や祈祷会を開いていた。同モスクは、2019年4月のインドネシア大統領選挙とほぼ同時期に設立された[1]。当選したジョコ・ウィドドの支持母体であったNUの関係者が集まって設立したモスクであるため、対抗馬のプラボウォを支持していた急進派ムスリムは、目黒区にあるインドネシア・モスクに集うようになった。「ヌサンタラ」という名称は、政治的に対立関係にあるインドネシア・モスクに対抗する形で採用された[2]
 大阪府大阪市のモスク、大阪マスジドでは、インドネシア出身者は他国出身者に混じって礼拝をしていた。その一方で、同国出身者向けに、大阪イスティクラルモスク(Masjid Istiqlal Osaka, 通称MIO)という名称のモスクを建設する計画があることも確認できた。このイスティクラルという名称は、ジャカルタにある著名なモスクに由来している。当初は大阪インドネシアモスク[3]と命名されたが、他国出身のムスリムに配慮して、見る人が見ればインドネシア系のモスクだとわかる名称が採用された[4]
 このように、それぞれが「インドネシア」を表象しつつも、コミュニティの政治的・宗教的立場によってその内実は異なる。また、類似の他集団との差異化を図り、もしくは明示を避けて「インドネシア」以外の語で「インドネシア」を表象する事例が確認できた。


[1] A氏への聞き取り、東京都千代田区、2021年2月13日。
[2] B氏への聞き取り、東京都千代田区、2021年2月14日。
[3] インドネシア語ではMasjid Indonesia Osaka.通称は現在と同じくMIO。
[4] C氏への聞き取り、大阪府大阪市、2021年2月26日。

聞き取り対象者一覧

対象者国籍居住地職業配偶者の国籍備考
A氏インドネシア東京都会社員インドネシア来日6年目
B氏日本東京都会社員インドネシア入信4年目
C氏インドネシア大阪府工場作業員日本来日16年目
出所:聞き取りをもとに報告者作成

今後の展開

 調査期間が短かったこともあり、今回の調査は予備調査的側面が強くなった。今後は、今回の調査で訪れた各コミュニティでの長期的な質的調査の実施が望まれる。また、報告者の本来の調査地である台湾でも同様の調査を実施したい。台湾に居住するインドネシア出身者のステイタスや移動の背景は、日本のそれと比べ多岐にわたり、より複雑である。特に華僑・華人の存在は大きく、台湾社会とインドネシア社会の間に立ち、各方面で調整役を果たす彼らの動向は注目に値する。台湾における「インドネシア」表象の研究を進める際には、単に目前で表象される「インドネシア」を収集・分析するだけではなく、その周辺で活動する華僑・華人に、より積極的に着目し、その移動の歴史やネットワークについても考察することが必須となる。

参考文献

 アンダーソン,ベネディクト.2007.『定本 想像の共同体:ナショナリズムの起源と流行』白石隆・白石さや訳,書籍工房早山.
 小池誠.2017.「異郷に『ホーム』を作る:台湾におけるインドネシア人ムスリムの活動」『桃山学院大学総合研究所紀要』43(1):213-235.

  • レポート:柴山 元(2020年入学)
  • 派遣先国:(日本)東京都、千葉県、大阪府
  • 渡航期間:2021年2月10日から2021年2月28日
  • キーワード:インドネシア、表象、エスニック・コミュニティ、移民

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