京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

ニジェールにおけるクルアーン学校の制度とイスラームを学ぶ子どもたち――ニアメ市のマカランタX校を事例に――

アラビア文字の練習課題。専用のノートを使用し毎週一文字ずつ課される。

対象とする問題の概要

 ニジェール共和国では95%以上の国民がムスリムであるため、人々はクルアーンを暗唱して、イスラームの知識を修得し、イスラームの知識にのっとった生活をすることで安定した社会を構築しようとしている。長らく、クルアーン学校に子どもを預けることがムスリムとしての宗教実践の一部と捉えられており、子どもがクルアーンを修得することで家族の社会的地位が上昇するとされている[Thorsen 2018]。ニジェールでは2020年の時点で人口増加率が3.6%、合計特殊出生数は6.7と子どもの数が急激に増加している一方で、フランス式の初等教育の修了率は男子が35%、女子が24%と低い[UNICEF 2021]。女子の中等教育の修了率は5%にも満たないのが実情である。ニジェールにおいては、初等教育の修了率が低くクルアーン学校が女子の教育へのアクセスを維持しているとも指摘されている[Mahmud 2011]。

研究目的

 本研究の目的は、ニジェールの首都ニアメにおけるクルアーン学校の現状について学習環境やクルアーンの修得方法、子どもたちの学習態度を調査し、社会におけるクルアーン学校の位置づけと子どもたちの日常生活やイスラーム知識習得の実態を明らかにすることである。ニアメ市では、クルアーン学校はハウサ語でマカランタと呼ばれており、この報告書ではクルアーン学校をマカランタと記す。今回、調査を実施したのは、ニアメ市コミューンⅢのヌーボーマルシェ地区に位置するマカランタX校である。このマカランタX校において、調査者は参与観察とインタビューを実施した。参与観察によってマカランタX校における教師とクルアーンを学ぶ子どもたちの様子、授業形式と学習体系を記録した。そしてインタビューを通して、教師自身のイスラームの学習履歴、子どもたちがクルアーンを学ぶことへの考え、校内における子どもたちの学習の様子を明らかにした。

アラビア語の授業に使われる教科書。1回の授業で半ページ~1ページ進む。

フィールドワークから得られた知見について

 調査者自身が子どもたちと同様に生徒となることで調査を実施した。マカランタX校は小学校の授業期間にあわせ、休暇中の10月2日までは木・金曜日をのぞく週5日間の開校で、小学校の授業が始まる10月8日以降には土・日曜日の開校であった。マカランタX校には1人の男性教師A氏が授業を担当しており、使用言語はハウサ語であった。
 参与観察によって明らかになったこととして、生徒の出席人数は平均で、男女あわせて9月中の平日は44人、土・日曜日は22人であった。10月の平均人数は、土・日曜日をあわせた人数は33人であり、すべての調査実施日において、男子より女子のほうが多かった。授業時間は、最長2時間30分であった。毎回、授業開始から1時間10分ほどは男女が一緒にクルアーンを暗唱する。10月1日からは黒板を用いてアラビア語の授業がはじまった。11月に入るとアラビア文字の練習課題が課されるようになり、生徒に専用のノートが支給された。アラビア語の授業が進むにつれ、教科書が用いられたが、教科書を持っている生徒は女子3人のみであった。多くの子どもがクルアーンを唱えることができるものの、授業で扱うアラビア文字を自由に読める生徒は男女あわせて3人のみであり、クルアーンを音で覚えていることがわかる。
 教師A氏に対するインタビューから、教師の子ども時代と比較して近年のマカランタではノートの支給や教科書の使用などの変化がみられる。そして教師はマカランタで子どもたちが学ぶことで、クルアーンを理解し、善良なムスリムを育てること、そして子どもたちが家族や地域の人に学んだことを伝えることで、さらなるイスラームの普及や社会の発展に寄与するという役割を強調する。生徒に対する調査からは、調査者が参加した授業日に休まず、毎回出席した生徒は男女ともに1人もおらず、マカランタに通うことは強制されるものではなく、教師A氏も強く求めていないことがわかった。

反省と今後の展開

 今回はマカランタX校の一校のみにおける調査となったため、次回の渡航では、マカランタの教育方針や授業体系の違い、生徒の年齢による学習内容の違いを調査する。そのため、子どもだけでなく成人(とくに女性)が通うマカランタなど、複数のマカランタを対象として調査を実施する予定である。また、マカランタX校では男女が分かれて座っており、男子生徒へのインタビューができなかった。女子生徒へのインタビューも、調査者のイスラームに関連したハウサ語の運用能力が十分でなかったことから、フランス語が話せる子ども中心にインタビューを実施した。語学能力をさらに向上させ、マカランタ外での日常生活における子どもとのかかわり方を工夫し、次回の渡航では子どもたちの生活についてより詳細な調査を実施したい。

参考文献

 Mahmud, Hatman Lori. 2011. Pounding Millet During School Hours: Obstacles to Girls’ Formal Education in Niger. European Journal of Development Research, 23(3):354-370.
 Thorsen, Dorte. 2012. Children Begging for Qur’anic School Masters: Evidence from West and Central Africa. UNICEF Briefing Paper, no.5.
 UNICEF. 2021『世界子供白書2021 統計データ』.

  • レポート:芦田 瑞歩(2022年入学)
  • 派遣先国:ニジェール共和国
  • 渡航期間:2022年9月16日から2022年12月3日
  • キーワード:子ども、初等教育、ムスリム、人口増加、社会づくり

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