京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

ガーナのワックスプリントを用いた文化の政治に関する研究――ナショナル・フライデー・ウェア・プログラムに着目して――

アクラ市内の歩道上にあるワックスプリント生産会社の広告看板

対象とする問題の概要

 ワックスプリントとは、工場でバティック染めを模して作られ、サハラ以南アフリカ各地において衣服の仕立て等に使用されている色鮮やかな布のことである。このワックスプリントは、アフリカ地域で内発的に生まれた布ではなく、近代以降に西欧諸国や日本などの工業化を遂げた国々によってもたらされたという「外来性」を有している[Steiner 1985]。その一方で、この布は現在では後述のナショナル・フライデー・ウェア・プログラム(National Friday Wear Program)をはじめとして「アフリカらしさ」や「アイデンティティの象徴」として使用されることもあり、「内在性」も併せ持つといえる。本研究は、この当初「外来」であった布がどのようにして「内在」となったのかという過程を、ワックスプリントの着用者とその普及図ろうとするアクターとの間における相互作用から捉える。

研究目的

 今回調査を行ったガーナ共和国は、19世紀以降西欧諸国等から多くのワックスプリントが輸入され、現在ではナショナル・フライデー・ウェア・プログラムという着用促進政策が盛んな国である。本政策は、2004年よりガーナ政府主導により開始されたものであり、金曜日にワックスプリントをはじめとするガーナ製の布を使用した服を仕事や大学に着ていくことを推奨するものである。その意図としては、外国製の衣料品の流入により打撃を受けているガーナの繊維産業の振興や、文化政策によるガーナのナショナルアイデンティティの構築が挙げられる。今回の調査地であるガーナの首都アクラは、本政策が最初に導入され、現在でも政策の中心地となっている地域である。本研究では、上記のような問題意識に基づき、ワックスプリントがいかにして「外来」から「内在」となっていったのかという過程を解明するために、現地での聞き取り調査および定点観測を実施した。

ワックスプリントで作られた男性用のシャツ

フィールドワークから得られた知見について

 今回調査をした首都アクラでは、ワックスプリントは男女ともに着用されており、日常生活の様々な場面にワックスプリントが根付いていることが確認された。男性の場合、主としてトップスとして、女性の場合、主にトップス、スカート、ワンピースとして着用されており、ワックスプリントを使用した服の型が洋服の型と似通っていることも明らかとなった。また、オーダーメイドで仕立てた衣服だけでなく、既製服の状態で売られているワックスプリントも多く見られ、インフォーマントへの聞き取り調査では「ガーナやアクラは他の西アフリカ諸国と比べて洋装化が進んでいる」という話も聞かれた。ナショナル・フライデー・ウェア・プログラムは、このような洋装化の進行に対抗して「ガーナらしさ」や「アフリカらしさ」を衣服に取り込んでいくことを目指す取組みであると考えられる。
 またガーナにおいて、歴史的に見れば「外来」の布であったワックスプリントが、現在では「アフリカの布」として捉えられていることも明らかとなった。ガーナではワックスプリントの他に、ケンテ、スモック、絞り染めなどの布があり、聞き取り調査の中でインフォーマントはワックスプリントをこれらの布と同様に「アフリカン・ウェア」と分類していた。
 さらに定点観測では、ナショナル・フライデー・ウェア・プログラム実施される金曜日にワックスプリントの着用者が他の曜日と比べて顕著に多くなることが確認された。今回定点観測を行った大通りでは、金曜日以外の平日にはスーツを着た男性が多く見受けられる一方で、金曜日にはスーツを着用した男性はほとんど見られず、その代わりにワックスプリントのシャツを着用した男性が多く見受けられた。また、女性においても仕事着だけではなく日常着としてもワックスプリントが金曜日に多くの人に着用されていることが観察された。

反省と今後の展開

 本調査では現在のナショナル・フライデー・ウェア・プログラムに注目して調査を行ったが、その一方で本政策は2004年に始動した政策であるため、ワックスプリントが19世紀に英領ゴールドコースト(現在のガーナ)にもたらされて以降、現在に至るまでにどのような歴史的経緯で内在化されていったのかという点について、今後植民地期や独立後のガーナの文化政策の焦点を当てながら調査を重ねていく必要がある。その中でも特に独立期にガーナの初代大統領クワメ・ンクルマがガーナ製の衣服を着用することにより独立後のガーナのアイデンティティを構築しようとした文化政策は、現在の着用政策にも深く関係している可能性が示唆される。そのため、今後はこのンクルマの文化政策も含めてワックスプリントがいつからどのようにして「アフリカの布」や「ガーナの布」という意味付けを持つようになったのかという過程について文献調査を行っていく予定である。

参考文献

 Steiner, C. B. 1985, Another image of Africa: Toward an ethnohistory of European cloth marketed in West Africa, 1873-1960, Ethnohistory. Duke University Press 32, pp. 91-110.
 National Friday Wear Programme launched (ghanaweb.com). URL(https://www.ghanaweb.com/GhanaHomePage/NewsArchive/National-Friday-Wear-Programme-launched-69720) 最終閲覧日 2022/10/31.

  • レポート:法田 尚子(2021年入学)
  • 派遣先国:ガーナ共和国
  • 渡航期間:2022年9月2日から2022年10月13日
  • キーワード:ワックスプリント、ナショナル・フライデー・ウェア・プログラム

関連するフィールドワーク・レポート

カンボジア首都近郊における養殖漁業――ベトナムとの関り――

対象とする問題の概要  カンボジアは東南アジア最大の淡水湖であるトンレサープ湖を擁し、漁業はカンボジアの生態、社会、文化に密接に結びついている。1990年代の復興を通して、圧縮された近代化を経験しているカンボジアにおいて、漁業もまた急速な近…

現代中央アジアにおける安全保障問題の取り組み ――北海道大学での文献調査――

研究全体の概要  本調査では、ソヴィエト連邦崩壊後の中央アジアにおける国際関係を題材にした、文献(学術書、ジャーナル、ニュース)を収集することで、研究に必要なデータの確保を目的としている。1991年以降、中央アジア情勢の変化は国際政治の中で…

インドネシア・リアウ州における泥炭火災の特徴とその発生要因の解明

対象とする問題の概要  インドネシアでは泥炭地で起きる「泥炭火災」が深刻な問題となっている。泥炭火災とは、泥炭地で起きる火災である。泥炭地は湿地内で倒木した木が水中でほぼ分解されず、そのまま土壌に蓄えられた土地であり、大量の有機物が蓄えられ…

住民組織から見る、ジャカルタ首都圏における空間政治

対象とする問題の概要  インドネシアにはRT・RWと呼ばれる住民主体の近隣地区自治組織(以後、住民組織)がある。日本軍占領下時代に導入された隣組から行政の延長として整備された住民組織は、30年以上続いたスハルト開発独裁体制の最末端を担った。…

ナミビア・ヒンバ社会における「伝統的」及び「近代的」装いの実態

対象とする問題の概要  本研究は、ナミビア北西部クネネ州(旧カオコランド)に居住するヒンバ社会の「伝統的」及び「近代的」装いを記述するものである。ヒンバはナミビアの代表的な民族である。腰に羊の皮や布のエプロンをつけ、手足、首、頭などに様々な…

インドネシア熱帯泥炭湿地林における土地利用調査

対象とする問題の概要  熱帯低湿地の中で水が溜まりやすい地域には、植物遺体の分解が途中で止まり、炭素と水の巨大な貯蔵庫と称される熱帯泥炭湿地が発達しやすい。インドネシアは世界最大の熱帯泥炭湿地保有国である。泥炭湿地は貧栄養で農業に適さないた…