京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

狭間の戦争認識

タイ日友好記念館

対象とする問題の概要

 戦争モニュメントや戦争を扱った博物館というのは、世界中に存在する。それらは、概して加害/被害の二項対立構造を伴っている。よって、加害者でも、それに対応する被害者でもない者たちの「戦争」経験が看過されてきたのではないだろうか。
 本研究では、第二次世界大戦下において、日本軍の駐屯地となったタイ国メーホーンソン県クンユアムを調査地とする。1944年3月、日本軍およびボース率いるインド国民軍による、インド東部インパールへ侵攻することを目的とした作戦、インパール作戦が実施される。作戦失敗後、敗走してきた兵たちはこの地を訪れ、住人たちの手厚い保護を受けた。クンユアムの人々は日本の兵士を通して、「戦争なるもの」の一部を捉え、感じたはずだ。戦争モニュメントを通して受け継がれる「戦争」記憶のあり方を捉えることにより、これまで見過ごされてきた「狭間」に位置する人々の「戦争」を明らかにしたい。

研究目的

 本研究は、クンユアムに存在する戦争モニュメントを対象として、第二次世界大戦の記憶がどのように継承されているのかを明らかにするものである。
 まず、ミュージアムや慰霊碑などの戦争モニュメントを外側から分析する。つまり、モニュメントが据えられている場所、使われている材料、デザイン、説明文、ミュージアムであれば展示物等である。
 次に、モニュメントに内在する歴史、「戦争」記憶の仕方の変遷を明らかにする。具体的に、建てられた経緯、時期、建てた人物や団体、補修の過程、コンセプトの変遷などだ。
 最後に、モニュメントと地元住人との関係性を明らかにする。モニュメントの管理・維持にかかわる者に対して、どのような考えをもってモニュメントにアプローチしてきたのかについて、インタビュー調査を行う。加えて、外部アクター(慰霊碑を建立した団体等)とモニュメントとの関わりについて検討する。

ムアイトー寺にある慰霊碑の一つ
“ビルマ戦線将兵鎮魂之碑”

フィールドワークから得られた知見について

 調査の結果、次の二つの知見を得ることができた。
 一つは、様々な人物および団体の思惑が絡まり合うことにより、第二次世界大戦時の地元住人と日本兵との記憶が、その記憶のあり方を変容させつつも、今日に至るまで継承されてきているということだ。これは、「タイ日友好記念館」をめぐる記憶継承のあり方に着眼したことで明らかとなった。具体的には、ミュージアムの設立者であるチョムタワット氏の個人的な日本兵への興味関心、地元自治体の記念館を利用することによる町おこしの目論見、学校教育での授業の一環としての記念館見学等である。様々な人々が関わることにより、モニュメントの存在意義は、本来の意図とは異なる形態に変容してきた。しかし逆に言うならば、これらの関与がなければ、記憶の継承そのものが危うくなっていた可能性があるのではないだろうか。
 二つ目は、外部団体との緩やかな繋がりにより、慰霊碑が維持されているということだ。クンユアムには、ムアイトー寺に三つ、トーペー寺に一つの慰霊碑がある。現在これらの慰霊碑は、クンユアムに唯一在住する日本人男性によって管理されている。彼は、地元の高校で日本語教師をしており、慰霊碑とは関係なく、この地に住むことを決意した。つまり、彼と慰霊碑団体との関係は、偶然成り立ったものだと言える。きっかけとしては、決して強固とは言い難い関係性のもとに、慰霊碑の維持が成り立っている。また、この人物以外に、寺の僧を含め現地で慰霊碑を管理している者はいない。彼の後任となるような人物も現時点では存在しない。
 したがって、この地における第二次世界大戦時の記憶というものは、しなやかさと脆弱さを同時に備えつつ、継承されてきていると言うことができる。そして、この継承のあり方というのは、当時国家権力が十分に及ばず、「戦争」という言葉自体もおそらく存在しなかった、この山あいの町だからこそ見出せるものであると考える。

反省と今後の展開

 本調査の反省点は、現地語を用いた詳細なインタビュー調査を行うことができなかったことだ。本調査では、通訳を介してインタビューを行った。通訳者の英語/日本語運用能力の不足に加え、調査者からの一方的な質問に対する回答以上に、より深いもしくは派生的な情報を得ることはできなかった。また、本調査期間は全体で2ヶ月間であり、クンユアムでの調査は2週間にとどまった。次の調査に繋がるように、幅広い人脈作りを行うことはできたが、より詳細で内輪の人間にこぼすような類いの話を聞くことはできなかった。
 したがって、今後の展開としては、これらの反省点を乗り越え、モニュメントのもつ「戦争」記憶と人々の「戦争」語りとの相互関係を明らかにすることとしたい。地元住人の内部に入っていくことで、モニュメントと住人との「戦争」記憶をめぐる対話のあり方と、それにより記憶そのものが変容していく様を捉えることができると考える。

  • レポート:岩井 華代(2022年入学)
  • 派遣先国:タイ
  • 渡航期間:2023年1月16日から2023年3月17日
  • キーワード:戦争記憶、記憶の継承、モニュメント

関連するフィールドワーク・レポート

観光によって促進される地域文化資源の再構築と変容/バンカ・ブリトゥン州の事例から

対象とする問題の概要  私は現在、インドネシアのバンカ・ブリトゥン州に着目し、観光産業が現地の地域文化資源の再構築と変容に果たす役割を研究している。同州は18世紀以降世界的な錫産地であったが、近年は枯渇してきており、錫に代わる新たな産業のニ…

ナミビアにおける女性のライフコースの変遷――ジェンダー平等実現への取り組みに着目して――

対象とする問題の概要  本研究は、ナミビアにおける女性のライフコース[1]の変遷を、同国が実施しているジェンダー平等実現に向けた取り組みに着目して明らかにするものである。1990年に独立したナミビアでは、憲法第10条で性別によるあらゆる差別…

ウガンダにおける人口増加に伴う都市空間の形成と土地利用の変容

対象とする問題の概要  サハラ以南アフリカは現在、世界で人口が最も増加している地域である。アフリカの都市部では、農村から都市への人口移動によって爆発的に人口が増加し、その人口増加に対応した居住環境や交通、教育、衛生など多くのインフラ整備が課…

霊長類研究者とトラッカーの相互行為分析/DRコンゴ・類人猿ボノボの野外研究拠点の事例

対象とする問題の概要  本研究の関心の対象はフィールド霊長類学者の長期野外研究拠点における研究者と地域住民の対面的相互行為である。調査地であるコンゴ民主共和国・ワンバ(Wamba)村周辺地域は類人猿ボノボの生息域である。1970年代から日本…

国内における野生動物マネジメントの実態 ―西伊豆町でのニホンジカ駆除を事例に―

研究全体の概要  本研究の目的は、ニホンジカ(以下、シカとする)を対象にした有害鳥獣駆除の取り組みを参与観察し、国内における野生動物マネジメントの実態を明らかにすることである。本研究では、シカによる農作物被害が増加している地域の一つである静…

ラオスにおける野生ランの利用と自生環境 /薬用・観賞用としての着生ランの保全を目的として

対象とする問題の概要  ラン科植物は中国では古くから糖尿病や高血圧等に効く薬用植物として珍重されているほか、ラオスやタイ、ベトナムをはじめとし、世界的に様々な品種が愛好家によって交配され、高値で取引されることもある。このような様々な需要が存…