京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

インド農村部におけるウシ飼養から考察する人と家畜の関係性

写真1 小規模ミルク販売者によるミルク加工の様子

対象とする問題の概要

 インドにおけるウシ飼育は、酪農、畜産の面からも長い歴史を持っている。人々は、家畜を飼育し、それらを利用することで生計を営んできた。現在のインドにおいて、ウシは特にミルクを生産する動物として非常に重要な役割を果たしている。
 インドがミルク増産を達成させた要因は、1970年におきた「白い革命」にある。具体的な試みとしては、「①ミルクの収集」、「②品種の向上」、「③ミルクコーポレーションの強化」などが実施され、より多くのミルクの生産と収集が目指されてきた。これらの取り組みによって、現在ではインドは世界1位のミルク大国になっている。

研究目的

 本研究は、インド農村部における人々のウシ利用を酪農業の観点から考察することを目的としている。変化するウシ経済とそれを取り巻く人々を知ることで、人と家畜の関係性を考察したい。

写真2 機械で搾乳されるスイギュウ

フィールドワークから得られた知見について

 インドにおいてはゼブウシ、スイギュウ、HFと呼ばれるウシが飼育されている。
 ゼブウシとはインドで伝統的に飼育されてきたウシであり、ミルクの量は少ないもののインドの過酷な環境に適していることが特徴である。スイギュウのミルクは乳脂肪分が高く、高値で販売することができる。HFと呼ばれる種類は、ミルク増産目的のために近年導入されたものであり、「外国産種」と「外国産種×ゼブウシ」の総称として地域で用いられていた。これらのウシはそれぞれ特徴があり、人々がどのような状況にあるかによって飼育するウシを選択することができる。
 本報告では、1つの家庭のミルク販売戦略を紹介したい。私が訪問した大規模酪農家では、3種類のウシ全てを飼育し、それぞれのミルクを最も経済的と思える方法で販売していた。
 この酪農場では8頭のゼブウシ、5頭のスイギュウ、5頭のHFを飼育しており、1日合計130Lのミルクを生産している。まず、自宅の消費用に6Lのスイギュウのミルクを取り置くとそれ以外のミルクはHFのミルクと混ぜ、デイリーと呼ばれるミルク集荷場に販売する。この時、ゼブウシのミルクはデイリーに販売せず、毎朝近所の家を直接訪問することで販売をしていた。酪農家曰く、彼が飼育しているゼブウシは純血種であり、その貴重なウシの「健康な」ミルクを望む人たちのために直接販売していると言う。ミルク集荷場では、ミルクの買い取り値段は乳脂肪分によって決定されるため、酪農家が言うような品種の特別性は考慮されない。ミルク集荷場において全てのミルクは混ぜられ、その出所は匿名化され流。しかし、そのウシを「特別」であると考える人に個別で販売することでミルクの価値を高め、より良い収入を得ていた。3種類のウシをバランスよく飼育することは酪農家にとっての収入源の多岐化を意味し、リスク分散として用いられていると考えられる。

反省と今後の展開

 今後の展開として、ミルクコーポレーションの役割と人々への影響を詳しく調べたい。ミルクコーポレーションは人々のウシ飼養を支援することにより、今日のようなミルクの大量生産を可能にしてきた。しかし、コーポレーションの理想とするウシ飼養は資本の投入によって成り立つものであり、持続可能性の問題や従来のウシ飼養との相性の悪さが指摘されている。どのような人がミルクコーポレーションを利用し、どのような人はミルクコーポレーションを利用しないのかを調べることで、ローカルなレベルでのミルクの流通なども調べたい。
 今回のフィールドワークの反省点としては、一部期間で十分な通訳にアクセスできなかったことにより、貴重な情報を逃してしまったことである。次回までの渡航の期間でグジャラート語の習得に励み、現地語でのコミュニケーションを可能にしていきたい。

  • レポート:緑川 茉歩(2024年入学)
  • 派遣先国:インド共和国
  • 渡航期間:2025年1月22日から2025年3月14日
  • キーワード:生業活動・酪農・農業・栄養問題・食文化

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