京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

ダークツーリズムと住民および労働者の歴史認識 /セネガル・ゴレ島の事例

ゴレ島の様子(2019年11月29日撮影)

対象とする問題の概要

 セネガルのゴレ島は、奴隷貿易の拠点として利用された歴史を有し[Maillat  2018]、現在では奴隷収容所が多くの観光客を集めている。1978年に世界遺産に登録された同島は、ダークツーリズム的観光地である一方で、バカンスを楽しむ人々がいることも確認できる。また島外の労働者が土産物屋を営む一方、同島に居住する住民がおり、小学校や役所も存在する。負の世界遺産として登録された同島は、奴隷が収容されていた環境の非人道性や、売買における仲介者として役割を果たしていたヨーロッパ人と現地人との関係や白人と黒人との権力構造、フランス政府の政策など、それぞれの観点から研究がなされている。その多くが、16世紀のヨーロッパ人による入植から、19世紀までの奴隷制度の撤廃までの期間に行われた奴隷貿易において、意思決定を行うことのできた白人や奴隷商人などに注目した歴史研究である[正木2006など]。そのため、観光地研究としてゴレ島に注目した研究や現代の住民や労働者に着目した研究はほとんどない。

研究目的

 ダークツーリズムとは、戦争や虐殺、災害などの死や惨劇にまつわる歴史を有する場所への観光を指す[Foley & Lennon 1996]。このダークツーリズムは、観光産業として経済的側面以外にも、歴史教育や歴史の保全など多面的な役割を果たすことも期待されており、広島の原爆ドームやアウシュヴィッツ収容所などがその例として挙げられる。
 本研究では、ゴレ島の住民および労働者に着目し、経済活動の活発な観光地である一方、凄惨な歴史を有する島に対する歴史認識を明らかにすることを目的とする。具体的には、住民および労働者が歴史を知る過程やその解釈について、聞き取り調査および参与観察を実施する。また観光地保全を担っている観光庁への聞き取り調査を実施し、観光産業として考えるゴレ島の役割や現場での住民や労働者との認識の共通点や乖離を分析する。この分析を通し奴隷貿易の歴史をどのように認識しているのかを明らかにする。

フランス語と英語で書かれたゴレ島の地図(2019年11月29日撮影)

フィールドワークから得られた知見について

 調査対象地であるゴレ島について、住民および労働者への聞き取り調査を行うためにはフランス語およびウォロフ語が必要不可欠である。そのため渡航期間中はじめにカウンターパートのシェイクアンタジョップ大学の教員からウォロフ語の授業を20時間、フランス語学院のフランス語の授業を60時間、それぞれ受講した。ゴレ島での調査では、労働者の多くは島外から来ており、土産物としての販売物は、販売者本人が作っているものもあれば、友人や親類が作っているものもあることが分かった。また、このような土産物屋を営む人々の中に男性の姿はなく、全員が女性であった。彼女たちの多くは観光客に対してはフランス語を主に話し、英語を使う者も見られた。また、ゴレ島はアーティストが作品を販売する場としても役割を果たしている。島内の道の両脇には絵画や工作物が置かれており、自由に売買がなされている。その作品の販売者は、島外はもちろん国外からやってくる者もいるとガイドは説明した。また観光庁のゴレ島担当者は2名おり、首都ダカールの観光庁本部で仕事をする日と、ゴレ島内のデスクで仕事をする日を交互に担当していた。担当者が土産物屋の販売やアーティストの作品の売買に干渉する様子はなく、規制をかける様子はフィールドワーク中には見られなかった。同担当者へのインタビューを通じて、ゴレ島の観光ガイドは、観光庁が管理している試験に合格することで正式に認められることがわかった。しかし、試験を受けないままガイドを行う者もおり、判別ができない観光客は悪質なガイドを受けることもあると担当者は話した。またゴレ島内には観光客が宿泊可能なホテルが複数あるが、それらは島内住民の居住する地域に近接しており、両者の境界は明確に区切られていない。そのため、小学校や役場がある日常生活の空間に、観光客が立ち入る様子は頻繁にみられた。

反省と今後の展開

 歴史についての現地関係者の語りを調査するためには現地語でのコミュニケーションが必要である。今回の渡航では、言語習得のために多くの時間を割くことができたが、フィールドワークでは、島に関する概要を把握するための情報収集に限られた。また島の観光ガイドとの関係作りにも時間がかかり、島の訪問および調査に時間を十分にかけることができなかった。また、具体的に質問する内容が未確定のまま島を訪問したため、どのようなデータが必要なのか、そのデータを得てどのように考察が可能かを考えた上で質問表を作成する必要性を感じた。
 今後は、引き続きフランス語とウォロフ語の学習を進め、コミュニケーションを滞りなく実施できるレベルに達することが最優先である。また、次回の渡航までに、先行研究の分析を綿密に行い、ゴレ島を対象にしたダークツーリズム研究やオーラルヒストリーについてどのように分析が可能か、十分に研究計画を組み立てる必要がある。

参考文献

【1】Foley,M & Lennon,J.John. 1996. JFK and dark tourism: A fascination with assassination. International Journal of Heritage Studies,2:4, pp.198-211,
【2】Maillat, M. 2018. Phœnix des Tropiques : Gorée au fil du temps. Association des Amis du Musée Historique du Sénégal.
【3】正木響、2006、「19世紀フランス商人の西アフリカ進出とセネガル社会〈1〉‐19世紀前半のサンルイを中心に‐」、『金沢大学経済学部論集』第26巻第2号、215頁-252頁。

  • レポート:十文字 樹(平成31年入学)
  • 派遣先国:セネガル共和国
  • 渡航期間:2019年9月5日から2019年12月8日
  • キーワード:ダークツーリズム、オーラルヒストリー、観光人類学、ゴレ島

関連するフィールドワーク・レポート

カンボジア地方州における養殖漁業――ポーサット州とシェムリアップ州の養殖業者を事例に――

対象とする問題の概要  カンボジアはその国土に東南アジア最大の淡水湖(トンレサープ湖)を擁し,湖の豊かな自然生態系に適応しながら古くから漁業資源を利用してきた。現在もカンボジアの内水面漁業(淡水漁業)の生産量は世界第五位である。しかし近年,…

東アフリカと日本における食文化と嗜好性の移り変わり――キャッサバの利用に着目して――

研究全体の概要  東アフリカや日本において食料不足を支える作物と捉えられてきたキャッサバの評価は静かに変化している。食材としてのキャッサバと人間の嗜好性との関係の変化を明らかにすることを本研究の目的とし、第1段階として、キャッサバをめぐる食…

タナ・トラジャの中山間地域の棚田とそれに関わる環境・文化・社会制度の研究 /棚田耕作者の生活に着目して

対象とする問題の概要  棚田とは山の斜面上や谷間の傾斜20度以上の斜面上に作られる水田のことを指す。棚田は平野が少ない中間山間地において、人々が食料を生産するために作り出した伝統的な農業形態である。しかし、棚田は一般的に耕地面積が狭い事や機…

小規模農家の集団的エンパワーメント/ケニアにおける契約農業の事例から

対象とする問題の概要   ケニアでは、国民の7割が農業に従事している。一方で、農業に適した土地は全国土の2割程度に限られている。近年の人口増加に鑑みると、より多くの人々が小規模な農業適地で農業を行ないつつあると言える。また、ケニア…

屋台をとりまく社会関係の構築による場所の創出――福岡市・天神地区を事例として――

対象とする問題の概要  福岡市には100軒(2022年4月1日時点[1])の屋台が存在する。第二次世界大戦後に闇市の担い手として営業を開始した屋台は、その後減少の一途を辿っていた。しかし、現在、福岡市によって屋台は都市のにぎわいを作る装置と…