京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

小規模農家の集団的エンパワーメント/ケニアにおける契約農業の事例から

サヤインゲンを収穫する女性たち(キリニャガ県) 

対象とする問題の概要 

 ケニアでは、国民の7割が農業に従事している。一方で、農業に適した土地は全国土の2割程度に限られている。近年の人口増加に鑑みると、より多くの人々が小規模な農業適地で農業を行ないつつあると言える。また、ケニアの農村においても、商品経済が浸透し、小規模農家世帯が現金収入を得る必要性がますます高まっている。つまり、限られた土地において、より高い現金収入を得ることが要請されているのである。契約農業は、一般的な商品作物栽培とは異なり、確実に現金収入を得られるという点で重要である。 
 契約農業の特徴は、農作物を作付けする前に、栽培する農作物のグレードを決め、各グレードの単位量あたりの価格を決める点にある。また契約は、地域の小規模農家がグループを組み、グループと企業との間で締結する場合が多い。このような契約に基づいて生産された農作物の一部は国内市場で流通し、その他は海外へ向けて輸出される。 

 研究目的 

 グループとして契約農業を行なっている人々に注目し、契約農業を通じた住民の組織化についての予備調査として、グループの基礎データを把握することを目的とした。そのために、ケニア国内の農業適地とされる県の契約農業の概要を調査した。インタビューでは、どの農作物を生産しているか、グループの所属農家数、いつから契約農業を開始したか、といった、基礎的な情報を収集した。 

 フィールドワークから得られた知見について 

 7県(カウンティ)で広域のインタビュー調査を行なった。各県毎のインタビュー数は、ウアシン・ギシュ県(4件)、ナンディ県(6件)、ナロック県(1件)、ボメット県(1件)、ケリチョ県(1件)、ナクル県(9件)、キリニャガ県(2件)である。 
 サヤインゲンを例に、契約農業がもたらす売上総利益を聞き取った。サヤインゲンの栽培には、堆肥、化学肥料や殺虫剤などの化学薬品、水やりのための燃料代、収穫の際の人件費支払いがコストとして必ず必要になる。さらに、契約締結時に決められた基準に満たないものは企業から買取が拒否される。つまり契約農業は、基準を満たしているなら確実に買い取ってもらえる、技術的なサポートがある、という点で農家にとってメリットがあるが、利益を保証するものではないことが明らになった。 
 ボメット県にあるグループAは、2014年に設立し、2015年からS社とのアボカドの契約農業をスタートさせた。S社との取引を始めると、契約では収穫から2週間以内の支払いが明記されているにも拘らず、S社の支払いは最大で6〜7ヶ月遅れることもあった。AグループはS社と交渉することで、アボカドの買取価格を引き上げさせ、3年目には1年目に比べて1.6倍の買取価格となった。これは、小規模農家が個別ではできなかった企業との交渉を、グループ化することで実現できた事例であると言える。 

アボカドの栽培方法についてHCDオフィサーと話す小規模農家(ボメット県) 

反省と今後の展開 

 今回の調査から、契約農業を行なっているグループが協働することによって、買取価格の引き上げに成功し、自分たちをエンパワーした事例が示唆された。しかしなぜ価格の引き上げで協働できたのか、他のグループでも、同様の、あるいは異なるかたちでの協働が生じているのか、生じていないとしたらそれはなぜなのか、その要因については明らかにできていない。 
 契約農業を通じて組織化することは、売上利益の増加という経済活動上の目標を組織内で共有できる点で、他の相互扶助組織とは異なる。ケニアにおける小規模農家の営農は各世帯で独立しており、経済活動上の相互扶助はあまり見られないことが一般的である。これまでの研究では、ケニアにおける契約農業の概要を把握することを目的として調査を行なった。今後の研究では、小規模農家同士の関わりについて見ていくことで、契約農業がグループをエンパワーさせる要因が何かを明らかにしていくことを目的とする。 

  • レポート:久保田 ちひろ(平成30年入学)
  • 派遣先国:ケニア
  • 渡航期間:2019年1月14日から2019年4月11日
  • キーワード:契約農業、住民組織化、園芸作物

関連するフィールドワーク・レポート

ニジェールの首都ニアメ市における家庭ゴミと手押し車をつかった収集人の仕事

対象とする問題の概要  ニジェールの首都ニアメでは急速な人口増加と都市の近代化が政治的課題となっており、近年とみに廃棄物問題が重要視されている。急激な都市化にガバナンス体制や財源、技術の不足が相まって、家庭ゴミの収集がおこわれていない、もし…

ボツワナ北部における人と動物の関係性について /オカバンゴデルタを巡る、人と動物と資源の関係

対象とする問題の概要  ボツワナ共和国北部に位置するオカバンゴデルタは、世界最大の内陸デルタである。ここには、豊かな水資源を巡って多様な植物資源、そして野生動物が生息しており、ボツワナの観光資源としても重要視されている。しかし近年、世界では…

現代イランにおけるイスラーム経済/ガルズ・アル=ハサネ基金を事例に

対象とする問題の概要  イランの金融制度は1979年のイスラーム革命に伴い、全ての商業銀行が無利子で金融業務を行うイスラーム金融に基づくものとなった。イスラーム金融は1970年代に勃興して以来成長し続けている反面、中低所得者の金融へのアクセ…

焼物を介した人とモノの関係性 ――沖縄県壺屋焼・読谷村焼の事例から――

研究全体の概要  沖縄県で焼物は、当地の方言で「やちむん」と称され親しまれている。その中でも、壺屋焼は沖縄県の伝統工芸品に指定されており、その系譜を受け継ぐ読谷山焼も県内外問わず愛好家を多く獲得している。 本研究ではそのような壺屋焼・読谷村…

口琴の表象と伝承――アイヌ民族のムックリが演奏され続けるということ――

研究全体の概要  口琴は、東南アジアを含むユーラシア大陸に広く分布している。非常に単純な構造だが、演奏の仕方によっては音が全く変わってしまうという奥の深い楽器である。モン族は恋愛の場で用い、ラフ族の口承の物語にも魅力的な楽器として登場してい…

住民組織から見る、ジャカルタ首都圏における空間政治

対象とする問題の概要  インドネシアにはRT・RWと呼ばれる住民主体の近隣地区自治組織(以後、住民組織)がある。日本軍占領下時代に導入された隣組から行政の延長として整備された住民組織は、30年以上続いたスハルト開発独裁体制の最末端を担った。…