京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

茨城県大洗町インドネシア人のコミュニティとエスニック・アイデンティティの実態――キリスト教世界観との関連――

写真1:大洗町で最も教会員の多い教会
教会員の大部分が日系インドネシア人であり、在日年数も長い人が多い

対象とする問題の概要

 1980年代以降、日本における外国人定住者数は急増している。1990年の入管法改正による日系外国人の流入、1993年の技能実習制度創設による外国人労働者の全国的な受け入れ、彼らは都心から地方にまで幅広く定住するようになり、各地で母国コミュニティを形成するようになった。これらの形態の一つに、教会・礼拝所を中心とした宗教コミュニティがある。これについて奥島[2006: 8]は「親族や同胞との交流や相互扶助、教育、娯楽などの多機能・多目的を備えたコミュニティ」としており、彼らのエスニック・アイデンティティを形成していく場であると言える。在日外国人定住者と共存していくために、また、彼らに関わる政策や法整備を進めていく中で、彼らの根幹たるエスニック・アイデンティティとそれを育む場としてのコミュニティの実態を理解していく必要がある。

研究目的

 在日外国人のアイデンティティに関する研究は、オールドカマーの韓国・朝鮮をルーツとする人、またニューカマーであれば南米日系人や、近年急速に増えている中国をルーツとする人を対象にしたものが多く、東南アジア諸国をルーツとする人を対象とした研究はまだ十分にない。今回対象とする茨城県大洗のインドネシア人に関しては、言語能力や集住化、就労構造を調査する研究はあるものの、彼らの教会コミュニティに深く入り、エスニック・アイデンティティとそれを支えるコミュニティの詳細な実態という観点から質問紙調査や聞き取り調査をしている事例はない。本研究を通して、それらを明らかにするとともに、彼らのキリスト教世界観とエスニック・アイデンティティの関連を紐解くことをも目的とする。

写真2:大洗町最初のプロテスタント超教派教会
Katekeseを終え堅信礼で信仰告白を行う在日インドネシア人二世らの様子

フィールドワークから得られた知見について

 今回のフィールドワークを通して得られた知見について、三点挙げて、概説する。一点目は大洗町教会コミュニティや構成員の概況について、二点目はコミュニティ内の在日インドネシア人2世にあたる青少年のエスニック・アイデンティティとキリスト教世界観が形成される過程について、三点目は地域日本人住民の認識について、それぞれ述べる。
 1.現在大洗町に居住しているインドネシア人の多くは日系人だが、近年は技能実習生の人数も増えている。また、町内には多くの不法滞在者がおり、彼らの多くは技能実習生として来日し、5年以下の定められた在留期限を終えた後も(あるいは終えずに仕事を辞めて)帰国せず、大洗町を主たる拠点として生活を続けている、いわゆるオーバーステイのケースである。教会コミュニティには、日系人や技能実習生のほか、こういったオーバーステイの人もいる。町内には大きく3つの主要な教会が存在するが、ほとんど全員が日系人の教会、技能実習生や特定技能活動者、オーバーステイが比較的多い教会、といったような在留資格に関連した分布があることがわかった。
 2.関連する質問紙調査、聞き取り調査、青少年の信仰教育コース (Katekese)への参与観察を行った。その結果、①2世のエスニック・アイデンティティは家庭内や教会内で用いられるインドネシア語とマナド語の影響を強く受け、インドネシアやマナドに対する帰属意識を強化されていること ②キリスト教世界観と信仰の強度とインドネシアに対する帰属意識は一定の相関がある可能性があること がわかった。
 3.地域日本人住民に質問紙調査および聞き取り調査を行った。その結果、外国人に対する排外的な意識はあまりみられなかった。一方で、インドネシア人の大洗町滞在に対しての日本人の認識(出稼ぎ目的の一時的な滞在)と、当人の認識(第二の故郷として永住見据えた滞在)との間にはギャップがみられた。

反省と今後の展開

 反省としては、インドネシア語とマナド語を学習していかなかったこと。質問紙調査や聞き取り調査はコミュニティ内の調査協力者に通訳をしてもらうことで何とか実施できたが、協力者に通訳を頼めないときに、日本語だけでは思うような意思疎通が取れず、データを取り損ねてしまうことがあった。今後の展開としては、回収した質問紙と録音データの分析、大阪にあるインドネシア人教会(今回調査を行った教会と同じ教団)への参与観察、これらを通して、在日2世にあたる青少年のエスニック・アイデンティティ形成過程に関して、教会コミュニティの果たす役割を“積極的教育教会”と“消極的教育教会”に分けて考察していく。この議論の延長線上として②キリスト教世界観と信仰の強度とインドネシアに対する帰属意識は一定の相関がある可能性を吟味していく。

参考文献

 奥島美夏. 2006. 「日本のキリスト教会とインドネシア人:制度的背景と課題」『異文化コミュニケーション研究』18: 35-111.
 目黒潮. 2005. 「茨城県大洗町における日系インドネシア人の集住化と就労構造」『異文化コミュニケーション研究』17: 49-78
 金延景,栗林慶,川口志のぶ,包慧穎,池田真利子,山下清海. 2016. 「茨城県大洗町における日系インドネシア人の定住化要因-水産加工業における外国人労働者の受け入れ変遷の分析を中心に-」『地域研究年報』38: 31-59
 吹原豊. 2021. 『移住労働者の日本語習得は進むのか 茨城県大洗町のインドネシア人コミュニティにおける調査から』シリーズ言語学と言語教育 第44巻. ひつじ書房.

  • レポート:許 大星(2021年入学)
  • 派遣先国:(日本)茨城県東茨城郡大洗町
  • 渡航期間:2022年6月6日から2022年9月5日
  • キーワード:在日インドネシア人、エスニック・アイデンティティ、キリスト教

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