京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

イスラーム金融における「不確実性」の法的解釈――イスラーム型金融派生商品に焦点を当てて――

取材したPublic Islamic Bank

対象とする問題の概要

 イスラーム金融では、利子と共に不確実性が禁止されている。しかし、現代の金融の一側面である金融派生商品(デリバティブ)は、リスクテイク・不確実性を伴う。そうしてみると、イスラーム金融における金融派生商品の実践にまつわる法的な判定では、なし崩し的に、部分的に不確実性が許容されているように見える。しかしそれは、イスラーム金融で不確実性という意味とされている「ガラル」が不確実性とリスクを微妙に包含した存在であるからである、と考える。
 そこで、経済学史上のリスクと不確実性の古典的な区分をヒントに、イスラーム型金融派生商品で部分的に許容されているように見える不確実な取引は、リスクと不確実性をどれほど区別しているのかによると予想する。
 その上で、イスラーム型金融派生商品に対する議論・見解から、現代イスラーム金融におけるガラル概念の経済的含意の探求を進める。

研究目的

 本研究の目的は、現代イスラーム金融の実務的な側面からの分析のための実地調査である。マレーシアは金融ハブであり、国策でイスラーム金融を進めているため、本地を対象にした。具体的には、研究に必要な語学力の強化、各金融機関の見学・取材と、イスラーム金融専門のために建てられた大学で行われる学会への参加である。見学・聞き取り調査を通じて、現場から見たイスラーム金融利用と、全体的なイスラーム金融界の傾向について捉える。そのために、聞き取り対象はマレーシアにある日系金融機関や、Public Islamic Bank、May Bankといった、マレーシア内で展開し日々の業務を行う機関となった。また、学会に参加することで、学問的検知からのイスラーム金融と、イスラーム金融研究の最新の動向についてキャッチすることを目的とした。

参加した学会の会場

フィールドワークから得られた知見について

 イスラーム金融の現場の体感・聞き取り調査であるが、これはマレーシアにある各イスラーム金融機関に訪問した。まず訪問したのが、マレーシア内で展開する、他国籍の金融機関のマレーシア支店である。ここでは、イスラーム金融の現場から見た法的側面の現実的運用について聞き取り調査を行った。この中で、特に思い知らされたのが、SDGsを掲げた金融とは対照的に、イスラーム金融に対する世界からの注目度が下がりつつある、ということである。これは、マレーシア政府はイスラーム金融の推進政策を取っているものの、今は対外的な看板にはなっていない、ということだ。
 また、Public Islamic Bank、MayBank、といった、現地で展開し大規模な支店を持つ金融機関にもインタビューを行った。聞き取り調査を通じて実務レベルでのイスラーム法の展開を尋ねたかったが、規約によって触れることのできない部分が多く、業務インタビューにとどまった。その他金融機関とも繋がりを作ることができた。こういった取材を通し、金融機関が契約している法実践の会社や新たな文献などの新情報を得ることができた。
 学会は、INCEIF大学で行われた、IFBBE2022に参加した。マレーシア中央銀行が設立した実践的な大学が主催の学会であるため、タイトルでEthicsを標榜している学会にもかかわらず、私が行う概念的な研究と比べて実利的・計量的な研究発表が多かったが、イスラーム経済の分析やイスラーム金融機関の業務に限らず、マネジメントの研究や漁業をテーマにした発表など、幅広いトピックが扱われていた。総じてレベルが高く、イスラーム金融研究の裾野の広さを知った。この学会を通して、現地学生との交流はもちろん、発表に来ていた博士・教授とも繋がりを持つことができた。

反省と今後の展開

 今回の調査の反省としては、まず、調査対象者を広げられなかったことが挙げられる。事前の想定では、別の日系金融機関、並びに他の金融機関にもインタビューを行う予定を立てていたが、人脈のないところでは面会の承諾をなかなか得ることができず、インタビューに至らなかった。また、そもそもの調査不足で取材対象者としていた方がいなくなっているというアクシデントも起きた。調査を重ねる中で確実に人脈を広げ、協力関係を築いていく努力だけでなく、執拗な準備が必要である。今後は、今回の調査で手に入れた現地の文献を読み込むこと、今回の聞き取り調査で明らかになった新情報(金融機関が契約している法学アドバイザーなど)の深掘りを行いつつ、当初の筋書き通りに予備論文を進めていく。また、今回の調査で知ったイスラーム金融研究の状況は、直接的には予備論文に活かせないものの、研究を進めていく上での参考になるだろう。

  • レポート:山口 潤(2021年入学)
  • 派遣先国:マレーシア
  • 渡航期間:2022年8月1日から2022年9月8日
  • キーワード:マレーシア、イスラーム金融、イスラーム金融機関、シャリーア

関連するフィールドワーク・レポート

セネガル漁村における水産物利用と流通――零細水産アクターの働きに着目して――

対象とする問題の概要  世界的な人口増加に伴う水産物需要の高まりは、水産物の輸出拡大を促進し、水産資源の枯渇とも相まって、産地社会における水産物の稀少化を招いている。特に、人口増加が著しいアフリカ地域では、砂漠化による農地や牧畜可能な土地が…

食料安全保障政策に対する村落社会の反応 /エチオピア・オロミア州の事例

対象とする問題の概要  エチオピアでは干ばつ等の発生による食料不足の事態が頻繁に起こっており、これに対し政府は2005年から食料安全保障政策としてプロダクティブセーフティネットプログラム(以下PSNP)を実施している。PSNPは食料が慢性的…

タナ・トラジャの中山間地域の棚田とそれに関わる環境・文化・社会制度の研究 /棚田耕作者の生活に着目して

対象とする問題の概要  棚田とは山の斜面上や谷間の傾斜20度以上の斜面上に作られる水田のことを指す。棚田は平野が少ない中間山間地において、人々が食料を生産するために作り出した伝統的な農業形態である。しかし、棚田は一般的に耕地面積が狭い事や機…

日本及びマレーシアにおける高齢者の生活の質の向上につながるカフェの特徴及びその影響

研究全体の概要  日本におけるカフェ・喫茶店[1]及びマレーシアにおける伝統的な喫茶店(Kopitiam)は約1800年代後半に出現し普及した。明治時代に出現した日本の喫茶店は都市において西洋文化の普及、庶民への上流階級層の持つ知識の共有、…

木炭生産者における樹木伐採の差異 /タンザニア半乾燥地の事例

対象とする問題の概要  タンザニアにおいて、木炭は主要な調理用エネルギーであり、農村部の人々の貴重な現金収入源である。森林資源の枯渇は1970年代から問題視されるようになり、以降、木質燃料と森林面積の減少を関連付けた研究が世界各地で実施され…

モロッコにおけるタリーカの形成と発展(2019年度)

対象とする問題の概要  モロッコにおいては、15世紀に成立したジャズーリー教団が初の大衆的タリーカである。ジャズーリー教団は後のサアド朝(1509-1659)によるモロッコ統一に助力するなど政治的にも存在感を発揮し、現在の北アフリカ・西アフ…