京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

熱帯乾燥林におけるコクレルシファカ(Propithecus coquereli)の採食戦略

写真1 発信機付首輪を装着したシファカ

対象とする問題の概要

 乾季と雨季が極めて明瞭な地域では、利用可能な資源が季節によって大きく変動するため、生息する動物は大きな環境の変化への適応を迫られる。このような季節変動に対し、動物がいかにして適応しているのか、その適応戦略を明らかにすることは、動物生態学および進化生物学の観点から重要である。
 本研究は、マダガスカル北西部の熱帯乾燥林に生息する霊長類の一種、コクレルシファカ(Propithecus coquereli)の採食生態に着目したものである。シファカ属(Propithecus)は、消化管の形態的特徴から主に葉食性であると考えられてきたが、近年の研究により複数種において、季節によっては果実や花なども柔軟に利用するジェネラリスト的な食性を持つことが明らかになっている[Sato et al. 2016]。このような柔軟な食性は、季節によって利用可能な食物が変化する環境への有効な適応戦略である可能性を示唆するものであるが、季節性の強い熱帯乾燥林に生息するコクレルシファカを対象とした研究はまだない。

研究目的

 本研究は、乾季と雨季が明瞭な環境における、コクレルシファカの適応戦略を、食性と行動の観点から明らかにすることを目的とした。
 調査は、マダガスカル北西部のアンカラファンツィカ国立公園内で行った。同国立公園は、乾季(5月〜10月)と雨季(11月〜4月)が明瞭な熱帯モンスーン気候によって発達する熱帯乾燥林を保護している。調査対象は、国立公園の原生林内に設置された調査許可エリアに生息するコクレルシファカの1つの群れとし、11月下旬に、頻繁に観察された群れの1個体を捕獲し、発信機付き首輪を装着した。対象群を観察者の存在に慣れさせた後、12月から3月までの雨季の間、直接観察による終日観察(6時~18時)を行い、採食内容や採食場所、個体の行動を観察によって記録し、移動経路に関するデータをGPS定位によって収集した。

写真2 Xylopia bemarivensisの食痕。種子のみを食べる

フィールドワークから得られた知見について

1.食性
 観察結果から少なくとも54種以上の植物を採食していることを確認した。利用部位は若葉、成熟葉、果実、種子、花、茎、枝、樹皮と多岐にわたっていたものの、利用部位の割合は全期間をとおして半数以上が果実であった。雨季に果実の消費が多くを占めるという結果は、他種のシファカの先行研究と一致しており、コクレルシファカも果実を頻繁に採食するジェネラリストであることが示唆された。また、調査期間中にとある1本の樹木(Cassine aethiopica)に訪れ、樹皮を舐めたり、食べたりする様子を繰り返し観察した。樹皮食は多くの霊長類で確認されているものの、その多くはフォールバックフード(救荒食物)としての利用であり、好んで樹皮を食べる本事例は興味深い事例である。
2.行動
 本調査期間のうち、12月は例年に比べ雨量が大幅に少なく、昼間の時間帯には群れ全体が一つの木に集まり、暑い時間帯に木陰で5〜6時間に及ぶ昼寝を行う姿が見られた。その後、1月から2月にかけ降雨量が増えるにつれ、上記の昼寝の時間が減少、あるいは見られなくなり、その分採食行動に割く時間が増えた。また、12月には18時ごろまで、移動や採食を行っていたのに対し、1月以降は18時より前に泊まり木に到着し、寝始めることが多くなるなど、行動パターンが顕著に変化していることを確認した。この行動の変化が、どのような要因に起因するのか、今後得られたデータから分析を行う。

反省と今後の展開

 今回の調査では、調査地の植物に関する知識不足により、植物種の同定に想定以上の時間を要した。加えて、主につる植物において、高所に生息しているなどの理由により、サンプルの採取や写真での撮影が困難で、同定をすることができなかった植物が複数あった。次回の渡航では、現地のアシスタントや、同地域で調査を行っている植物の研究者らの協力を仰ぎ、より詳細な食性データの記録に務めるとともに、同定時間の短縮を狙う。
 今後は、乾季期間中に再度渡航して同様のデータを収集し、今回収集した雨季のデータと比較することで、乾季と雨季におけるシファカの適応戦略の解明を目指す。

参考文献

 Sato, H., L. Santini, E. R. Patel, M. Campera, N. Yamashita, I. C. Colquhoun, and G. Donati. 2016. Dietary flexibility and feeding strategies of Eulemur: A comparison with Propithecus. International Journal of Primatology 37(1): 109-129.

  • レポート:佐川 そのみ(2024年入学)
  • 派遣先国:マダガスカル共和国
  • 渡航期間:2024年11月2日から2025年3月16日
  • キーワード:環境適応、採食戦略、熱帯乾燥林、キツネザル

関連するフィールドワーク・レポート

インド農村部におけるウシ飼養から考察する人と家畜の関係性

対象とする問題の概要  インドにおけるウシ飼育は、酪農、畜産の面からも長い歴史を持っている。人々は、家畜を飼育し、それらを利用することで生計を営んできた。現在のインドにおいて、ウシは特にミルクを生産する動物として非常に重要な役割を果たしてい…

クルアーン学校におけるアラビア文字教育/文字としてのクルアーンを音声と結びつける装置としてのスペリング練習の重要性について

対象とする問題の概要  本研究の対象は、クルアーン学校と呼ばれる組織である。クルアーン学校とは、ムスリムの子弟がクルアーンの読み方を学ぶために通う私塾のことである。西アフリカ各地には、このクルアーン学校が多数存在する。これまでクルアーン学校…

小笠原諸島におけるアオウミガメの保全と 伝統的利用の両立可能性に関する研究

研究全体の概要  アオウミガメ(Chelonia Mydas)は大洋州の多くの地域において食用として伝統的に利用されてきた(Kinan and Dalzell, 2005)。一方で、本種はワシントン条約附属書Iに記載される絶滅危惧種(EN、…

西アフリカにおける装いの実践 ――布を仕立てた衣服の着用にみる価値観――

研究全体の概要  西アフリカは、サブサハラアフリカの中でも布を仕立てた服の着用が多く見受けられる地域である。人々は市場で布を買い、布を仕立屋に持っていき、自分好みのスタイルに仕立てる。布で仕立てた服は日常着から結婚式などの特別着としてまで幅…

ザンビア都市部におけるワイヤーおもちゃの製造と廃材および固形廃棄物の利用

対象とする問題の概要  本稿は、ザンビア都市部の家内工業によるワイヤーおもちゃの製造と廃材の利用に関する調査報告である。ワイヤーおもちゃ(Wire toys)とは、銅、スチール、アルミなどの金属製のワイヤーを用いて乗物、動物、生活用品などの…