京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

アゼルバイジャンにおける国家によるイスラーム管理

バクー郊外 フセイン廟

対象とする問題の概要

 アゼルバイジャンにおけるイスラームは、国家によって厳格に管理されている。具体的には、政府組織である宗教団体担当国家委員会、政府に忠実なウラマーによって結成されたカフカース・ムスリム宗務局がイスラーム管理を行っている。前者は2001年、政府組織として設置された組織であり、宗教組織の登録、宗教的刊行物の監視、宗教組織への財政支援、宗教組織間の調整を行ってきた。後者は、ロシア帝国時代にウラマーを構成員として設置され、ウラマーやモスクの管理、モスクでの説教、イスラーム教育、巡礼の管理などを行ってきた。
 この両組織は、「アゼルバイジャン・モデルのイスラーム管理」という社会秩序維持を目的に、実質的なスンナ派優遇の形を取り、宗派共存による効果を実現するイスラーム管理モデルをベースにイスラーム管理を共同歩調で進めてきた。

研究目的

 本研究の目的は政府組織である宗教団体担当国家委員会に着目することで、アゼルバイジャンにおける国家によるイスラーム管理の一端を明らかにすることである。委員会については、[Sattarov 2009]がその構造や活動について明らかにしてきた。しかし、シリア内戦以降のイスラーム主義の新たな流入による状況の変化は、共同歩調でイスラーム管理を進めてきた委員会と宗務局の関係についても変化を生じさせている。なぜならば、「アゼルバイジャン・モデルのイスラーム管理」は、イスラーム主義の流入が止められている状況の中で形成されてきたものだからである。
 そこで、本研究では、委員会や宗務局の職員の聞き取り調査やシーア派の宗教儀礼であるアーシュラー・アルバイーンの観察などの調査を行った。これは、宗務局との関係が現在どのようなものであるかについて明らかにするためである。

バクーでのアルバイーン

フィールドワークから得られた知見について

 フィールドワークでは、聞き取り調査、図書館等での資料収集、アーシュラー(9月20日)とアルバイーン(10月30日)の観察を行った。聞き取り調査は、宗教団体担当国家委員会職員、カフカース・ムスリム宗務局所属ウラマー、宗務局所属モスクのウラマー、大学教員に対して行った。
こうした調査の結果、2014年以降宗務局から委員会にイスラーム管理に関する権限をいくつか移行されていたことが明らかになった。具体的には、イスラーム組織の管理に関して宗務局をスルーした形での登録が行われていること、宗教的過激主義に対する問題の対処の委員会への一任、宗務局の頭越しで行われるイスラーム組織への財政支援、委員会管理下のイスラーム大学「神学研究所」の設置などである。
 全体的に見れば、この両者の関係の変化は、アゼルバイジャンの国家によるイスラーム管理が、委員会/宗務局の二元的管理から委員会への一元的管理を志向しつつあるものとして捉えることができる。この変化の理由としては、アーシュラー、アルバイーンの事例が分かりやすい。「アゼルバイジャン・モデルのイスラーム管理」は実質的なスンナ派優遇(=シーア派の抑制)を行うものであるが、観察からは、宗務局によるアーシュラー、アルバイーンにおける自身の肉体を傷つけることの禁止、指定の場所での儀礼の実施の禁止などが無視されていたことが判明した。政府は、もはや宗務局にイスラーム管理の一端を担わせることの限界を理解したうえで、委員会への管理に移行することで、国内外のイスラーム主義を管理しようというのである。

反省と今後の展開

 今回は、宗教団体担当国家委員会とカフカース・ムスリム宗務局の関係について、宗教管理権限という点から調査を行った。その結果、徐々に委員会に権限が移されていることを明らかにした。そしてその背景にあるのは、イスラーム主義の対処への宗務局の実行力を疑問視している政府が、委員会一元的管理することで問題に対処しようしていることの現れであると指摘した。
 反省点としては、権限の移行の中でも、もっとも重要なイスラーム教育に関して、神学研究所から聞き取り調査を行うことができなかったことである。神学研究所は今後イスラーム高等教育を独占する可能性が高い組織であり、その教育カリキュラムから今後の宗教管理の行く末を見ることができるものである。今後は、神学研究所の具体的な活動についても着目しながら研究を行っていきたい。

参考文献

【1】Sattarov, R. 2009. Islam, state, and society in independent Azerbaijan: between historical legacy and post-Soviet reality. Wiesbaden: Reichert Verlag.

  • レポート:岩倉 洸(平成27年入学)
  • 派遣先国:アゼルバイジャン共和国
  • 渡航期間:2018年9月5日から2018年11月16日
  • キーワード:アゼルバイジャン、宗教団体担当国家委員会、シーア派の宗教儀礼

関連するフィールドワーク・レポート

エチオピアにおけるウマの利用 /南部諸民族州アラバ・コリトにおける牽引馬の労働と給餌の関係に着目して

対象とする問題の概要  エチオピアにはアフリカ諸国で最多の約200万頭のウマが生息しており、世界でも上位8位である。エチオピアにおいてウマが牽引馬として盛んに利用されるようになったのは、イタリア占領期(1936-1941)の頃からで、都市部…

モロッコにおけるタリーカの形成と発展(2019年度)

対象とする問題の概要  モロッコにおいては、15世紀に成立したジャズーリー教団が初の大衆的タリーカである。ジャズーリー教団は後のサアド朝(1509-1659)によるモロッコ統一に助力するなど政治的にも存在感を発揮し、現在の北アフリカ・西アフ…

手作りおもちゃの世界的な分布と地域ごとの特徴に関する研究

研究全体の概要  世界各地でみられる手作りおもちゃには普遍性がある一方、地域や時代によっては特殊性が存在する。本研究の目的は、愛知県日進市に位置する世界の手作りおもちゃ館の館長への聞き取り調査から、手作りおもちゃの地域ごとに共通する特徴およ…

東南アジア大陸部におけるモチ性穀類・食品の嗜好性について

研究全体の概要  東北タイ(イサーン)およびラオスでは、日常的に主食としてモチ米が食されている。一方、タイ平野部を含めた東南アジア大陸部の多くの地域では主にウルチ米が主食として食されており、主食としてのモチ米利用は、イサーンやラオスの食文化…

現代ネパールにおける中学生・高校生の政治活動の実践に関する研究

対象とする問題の概要  近年ネパールでは、子どもが政党に付随した活動に参加することを規制する立法や啓発活動が、政府や国際組織の間で見られる[MoE 2011等]。子どもと政治の分離を主張する言説の背景には、政治的争点を理解するための理性が未…

ケニアの都市零細商人による場所性の構築過程に関する人類学的研究――簡易食堂を事例に――

対象とする問題の概要  ケニアでは2020年に都市人口の成長率が4%を超えた。膨張するナイロビの人口の食料供給を賄うのは、その大半が路上で食品の販売を行う行商人などのインフォーマルな零細業者である。その中でも、簡易な小屋のなかで営業されるキ…