京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

出稼ぎがツワナ社会に及ぼす影響

プレハブ倉庫の隙間にうまれたニワトリの卵。バカタでは大半の家畜が放し飼いであるため、プレハブの持ち主とニワトリの持ち主は同一人物ではない。(無精卵は一個1プラ程度、日本円でおよそ10円。有精卵は売り手との交渉次第)

対象とする問題の概要

 ボツワナに居住するツワナ(Tswana)では、長年女性の南アフリカへの活発な出稼ぎが社会に様々な影響を及ぼしてきた[Livingston 2005]。例えば、人口移動の側面からは世帯内の労働女性不足、制度の側面からは恋愛結婚の増加とそれに関わる居住様式の変化、その結果としての女性世帯の急増があげられる。
 現在、南アフリカに居住するツワナ人口がボツワナに居住するツワナ人口を上回っており、こうした人口的変化傾向も出稼ぎ女性の生活史戦略の影響を受けている/あるいは相互に影響を及ぼしている可能性がある。一方で、出稼ぎ女性がボツワナと南アフリカという異なる生活環境・社会的地位の中でどのようなライフコース・イベントを選択してきたのかについて、個人レベルでの調査はおこなわれてはこなかった。加えて、出稼ぎ女性と出稼ぎに従事していない女性の生活史戦略の違いや/その違いをうむ要因についても議論が十分であるとは言えない。

研究目的

 そこで本研究では、出稼ぎ女性とそれ以外の女性に聞き取り調査をし、生活史戦略の比較をおこなうことで、女性の出稼ぎがツワナ社会にどのような変化を及ぼしているのか明らかにすることを目的とした。今回の調査では彼女たちの未婚期間・出産・結婚などのライフイベントに関する項目について重点的に聞き取りをおこなった。加えて、出稼ぎ女性の移動回数と移動地の選好、ファミリーヒストリーについても聞き取りをおこなうことで世代間関係の把握もおこなった。

バカタで常食されているMabêlê(マベレ)と呼ばれるソルガムのお粥。酸味が強く、ミルクや砂糖あるいはマメの煮たものとあわせて食べる。私はミルクに砂糖を溶かしたものを先に飲んでしまい後々困った。

フィールドワークから得られた知見について

 本研究の調査地はボツワナ南東部に位置するSikwane村である。この村を含む南東部Kgatleng地区(カトレン)にはBaKgatla(バ・カタ)と呼ばれるツワナの言語グループが居住している。地域南部全体が南アフリカとの国境に面しており、男女ともに南アフリカへの出稼ぎが活発である。従来カタの生業は半農半牧であるが、現在は賃金収入に依存した生活をしている姿が観察された。一方で、現在も婚資(lobola)にはウシが8頭以上必要であるため、親族間・世代間でのウシの取引が継続されている。
 調査期間中は出稼ぎ女性とそれ以外の女性あわせて20人の女性から聞き取り調査をおこなったが、いずれの場合もパートナーから婚資を受けていないために公式には未婚で子育てをしている女性世帯が多かった。1940年生まれの女性2人(出稼ぎ1人:専業主婦1人)への聞き取りでは、バカタでは①未婚女性が妊娠した場合、②パートナーの男性と結婚すべきであるという規範があり、③男性が婚資を払えるようになるまでともに母方の住居に住む必要があるという説明があった。一方で、1960年以降の世代での聞き取り調査では、①未婚女性が妊娠した場合、②パートナーが婚資を支払うまでは同居してはいけないという説明が多かった。こうした世代間での説明の違いは、ボツワナでの社会制度の変遷などのインパクトも考えられる。 生活史戦略においては、例えば1940年代の女性二人間においても違いが顕著であった。
 専業主婦の女性Aは自身の妊娠(1959年:B₁)と同時に結婚/同居してから出産間隔2年(inter-birth interval)で7人出産している。彼女の授乳期間は2年であるので、彼女は産み終わり(B₇)の35歳まで絶え間なく出産を続けてきたことになる。一方で、月収1000ランドの出稼ぎ女性の場合、1959年(18歳)に出産(B₁)で21歳の時に2人目を出産し(1962年:B₂)ALB(Age of Last Birth)を選択している。現在では、出稼ぎ女性の少産傾向に加えて、女性の40代での結婚が増えてきている。

反省と今後の展開

 今回の調査では、バカタ女性のデータ収集を中心に聞き取り調査を進行したためバカタ男性のデータを集めることができなかった。また、バカタにおける家畜管理(写真1)や経済消費指標として食事の聞き取り調査(写2)も十分なデータが集まってはいない。今後の調査では男性の調査助手を雇うなどして男性のデータも集めながらバカタ社会の消費行動の調査もおこなうことで出稼ぎ女性の生活史戦略の分析を続けていきたい

参考文献

【1】Julie Livingston. 2005. Debility and the Moral Imagination in Botswana: Indiana University Press.
【2】Mary C. Towner et al. 2016.Why do women stop reproducing before menopause? A life-history approach to age at last birth. Phil. Trans. R. Soc B 371:20150147(http://dx.doi.org/10.1098/rstb.2015.0147)

  • レポート:寺本 理紗(平成30年入学)
  • 派遣先国:ボツワナ共和国
  • 渡航期間:2018年8月7日から2018年11月6日
  • キーワード:女性の出稼ぎ、生活史戦略、リプロダクション、ALB(Age of Last Birth)

関連するフィールドワーク・レポート

ガーナの手織り布ケンテのグローバル市場における可能性の探求――博士予備論文執筆にむけた予備調査報告――

対象とする問題の概要  報告者は、アフリカのローカルな経済圏の中にある手工芸品が、グローバル市場で流通することで広がる可能性の探求を目指す。具体的には、ガーナの「ケンテ」という精巧に織り上げられた手織りの布を対象にする。そしてこの布のグロー…

ジョザニ・チュワカ湾国立公園におけるザンジバルアカコロブスと地域住民の共存に関する研究

対象とする問題の概要  タンザニアのインド洋沖に浮かぶザンジバル諸島には、絶滅危惧種であるザンジバルアカコロブス(Procolobus kirkii)が生息し、その保護などを目的として2004年に島中部がジョザニ・チュワカ湾国立公園に指定さ…

インドネシアにおける労働災害に関する保険制度と運用の実際に関する調査

対象とする問題の概要  本研究の目的は、2015年7月に施行された新たな社会保障制度の一つである労働力社会保障制度とその実施機関であるBPJS Ketenagakerjaan(労働力社会保障実施庁)に着目し、その普及状況や現状に関する調査を…

レバノン・シリア系移民ネットワークにおける現代シリア難民の動態

研究全体の概要  本研究は、商才溢れるレバノン・シリア系移民が長期間にわたり築いてきた人的ネットワークに注目し、その中で2011年以降のシリア難民の動態と位置付けを探る。レバノンとシリアは1946年のフランスからの独立達成以前は、一括りの地…

2019年度 成果出版

2019年度のフィールドワーク・レポートを出版いたしました。『臨地 2019』PDF版をご希望の方は支援室までお問い合わせください。『創発 2019』PDF版は下記のリンクよりダウンロードできます。 書名『臨地 2019』院⽣海外臨地調査報…