アジアにおける有機農業普及 ――宮崎県綾町における行政と農家連携の事例――
研究全体の概要 ブータンは、100%有機農業国化を目指す唯一の国家である。本研究の主題は、タシガン県において行政・大学・農民組織連携による有機農業普及の実態を実践的に明らかにすることである。本邦においても、自治体をあげて有機農業振興に取り…
キリスト教は成立の初めから、「宣教的宗教」として[戸田2016]、普遍的な「神の言葉」である聖書を、言語や文化、民族の境界を越えて伝えるよう求めてきた。特に19世紀以降、宣教師が世界のあらゆる場所へ赴くようになったことで、世界中のことばへ聖書を翻訳することは彼らの重要な使命の1つとなった。しかし、植民地における宣教活動は純粋な宗教的使命感から引き起されただけでなく、文化帝国主義とも密接に結びつくものであった。つまり、植民地での宣教活動のなかでヨーロッパ出身の宣教師は、しばしば西洋文明の優越を前提として、現地の社会構造と生活文化の刷新を試みた[大澤 2019]。特に、現地のローカルな言語へ聖書を翻訳する作業は彼らの宣教活動の中において非常に重要であり、西欧の価値観を現地のコミュニティに浸透させる「トロイの木馬」とも表現される[Ashcroft & Gareth et al 2003]。
上記の議論は植民地における聖書翻訳の歴史を検討する上で重要ではあるものの、ある種の議論の図式を前提としている。それは、ヨーロッパという「中心」からアフリカという「周縁」へ一方向的に知や価値観が渡ったというものである。また、その伝播プロセスの担い手をヨーロッパ出身の男性という視点に限定してきた。しかし、アフリカにおけるキリスト教宣教は実際には、ヨーロッパ以外のより広範な人的・資金ネットワークに依拠していた。本研究では、イギリス植民地であったケニアを事例として、どのような人物がいかにそのようなネットワークを駆使しながら聖書翻訳のような膨大なコストのかかる作業をおこなっていたのかを検討する。本研究では、植民地ケニアにおけるローカルな言語への聖書翻訳作業がいかなるネットワークに依拠しながら行われたかを明らかにする。
フィールドワークでは主にアーカイブでの史料収集、そして首都ナイロビから約450キロ離れた西部ケニアに位置する「ブテレ(Butere)」という町でインタビュー調査を行った。一か所目の史料調査は「ケニア・アングリカンチャーチ(Anglican Church of Kenya)」が有する私設アーカイブで行った。このアーカイブには、アングリカンチャーチの宣教会であったChurch Missionary Society (CMS)に関わる史料が多く収められている。ここでは特に、先述したブテレで話されている「ルイヤ(Luyia)」語というローカルな言語に聖書を翻訳する際に開かれた議事録を入手することができた。史料によればほとんどの翻訳作業は、アップルビー(Lee Appleby)というオーストラリア出身の女性宣教師によって担われたという。彼女の存在は従来の研究では暗黙の了解となってきたヨーロッパ出身の男性宣教師の聖書翻訳活動における優位性という見方を大きく変える可能性のある人物であると考えた。彼女の足跡は主に「ケニア国立公文書館」で辿ることができ、二か所目の史料調査はこの文書館で実施した。ここでは彼女に関する多種多様な史料を入手することができた。具体的には彼女のオーストラリア、ケニア間の出入国記録からオーストラリアから送られる彼女への給与送金に関する記録そして彼女の作成した聖書の売り上げ、といった記録である。これらの史料は、一か所目に訪れたアーカイブには納められていないジャンルの資料である。このような数々の記録から、彼女はブテレで1930年代から1970年代にかけてルイヤ語の聖書翻訳に唯一「フルタイム」で取り組んだ人物であるということがわかった。植民地ケニアにおいて、ルイヤ語以外のローカル言語の翻訳作業にフルタイムで雇用された宣教師の多くはイギリスまたはスコットランド出身の男性であり、彼女の存在は非常に特異なものとして考えることができる。これらの史料収集での成果を得て、調査の後半ではブテレに赴き、彼女が赴任していたブテレのCMS宣教会の跡地に建設された教会の関係者にインタビューを行った。
今回、実施した聞き取り調査では、アップルビーによって翻訳された聖書に対する評価がインタビュイーの間で対立するものであったことが判明した。60代の牧師は「彼女が翻訳した聖書はミサの混乱の種だった。なぜなら、それは非常に読みにくいものであったからだ。」という意見があった。一方で、80代の教会付属の学校の校長を務めた人物や60代の教会秘書の人物からは「アップルビーの作った聖書は読みやすく、理解しやすい。」と述べていた。このようなアップルビーの聖書に対する「読みにくい/読みやすい」といった両極端な評価は様々な年代の人々の間で聞くことができた。このように聖書に対する対立する評価が何に起因するものであるか、を短期間の現地調査では明らかにすることができなかった。今後はインタビュイーの対象とする人物の年齢や職業をより拡大し、そして筆者がルイヤ語を少しでも身に付けることでこれらの評価が何に起因するものであるか、について検討していきたい。
Ashcroft, B., Griffiths, G. & Tiffin, H. The Empire Writes Back: Theory and Practice in Post-Colonial Literatures. Routledge, 2003.
大澤広晃. 2019. 「キリスト教宣教がつなぐ世界」永原陽子編『人々がつなぐ世界史』 ミネルヴァ書房, 113-135.
戸田聡. 2016. 「初期キリスト教と聖書翻訳」『北海道大学文学研究科紀要』150: 159-199.
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