京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

文学とアッタール/イランにおける近年のアッタール研究について

テヘラン・ブック・ガーデン(外観)

対象とする問題の概要

 ドイツの国民作家ゲーテは『西東詩集』においてペルシアの文学作品の影響を受けたことを如実に表している詩を詠んだ。火に飛び込んで自らを燃やす蛾を恋人に例えるというペルシア文学において有名なモチーフを援用したのである。この、火蛾のモチーフを好んで使った詩人の一人がセルジューク朝からホラズム朝期に活躍した詩人であり、その作品が私の研究対象にもなっているアッタールである。彼は、火蛾の例えを神秘主義と結びつけて、燃えていく蛾を神に恋い焦がれて自らを燃やしていく者の例えとして使用した。このような比喩表現や例え話を通して本来難解である神秘主義思想を巧みに表現することによって、彼は文学史上、偉大な神秘主義詩人の一人として数え上げられるようになった。彼および彼の作品に対する様々な観点からの研究は古今東西からいとまがないが、文学表現という観点から彼を研究するという方法はまだ始まったばかりである。

研究目的

 アッタールの作品を文学表現という観点から解読することが私の研究の目的である。彼の作品に登場する表現方法に着目して、彼が使っている文学における技巧を他の人物の作品における技巧と比較しつつペルシア文学史上に位置づけることを目標としている。しかし、文学においていわゆる文献学的手法や実証主義的手法と言われるものからアッタールを分析することには限界があるので、近年アッタール研究においても始められたように文学理論を参照しつつ彼の作品における表現方法を明らかにすることを目標としている。一方で、彼の作品の特色である神秘主義を文学という観点の下どのように位置づけるか(表現方法において思想というものをどのように位置づけるか)についても模索している。それらのことについての知見を得る始めとして、アッタールに関する先行研究、アッタールの諸作品およびペルシア文学の著名な作品に目を通すことをする。

テヘラン・ブック・ガーデン(内観)

フィールドワークから得られた知見について

 今回のフィールドワークでは、書店巡りを主に行った。目的は、アッタールに関する先行研究、アッタールをはじめとするペルシア文学の著名な作品を手に入れることであった。基本的には、テヘラン大学前の書店街(古書店を含む)を廻り目当てのものを購入するようにした。下見の日を幾日か作り、どういうものが置いてあるか見て店員および店主に尋ねながら、さらに、自分の今後の研究と照らし合わせながら、購入するものを取捨選択し厳選した。また「テヘラン・ブック・ガーデン」という映画館が併設されている大型書店が文献を探しに行った国立図書館の近くに新しくできていたことを発見した。その場所において、大学前の書店街にはなくその存在を知らなかった最新の研究書を数冊購入した。渡航前に購入予定していたものも数冊あったのだが、予想しているより多くの未知の研究書が手に入ったのは今回の渡航における最大の成果である。
 文学理論を用いたアッタールに関する研究は一人の学者によってなされてきたが、別の学者が構造主義、物語論、パースの議論を踏まえている研究書を出していることを、渡航を通して知り、イランの研究者の研究書の質の高さを改めてうかがい知ることもできた。
 また、カウンターパートナーのテヘラン大学神学部のザルバーニー教授とも幾度も会う機会があり、ミトラ教とクリスマスの関係、弥勒信仰とイランの関係などの興味深い話を多く拝聴することができた。特に、イランの民族叙事詩である『王書』に登場するスィヤーウシュと『旧約聖書』や『クルアーン』に登場するアブラハムの物語の類似する点について、後者が前者からなんらかの影響を受けているのではないかという私の推測に対する後押しが教授から得られたことが教授との会話を通した最大の成果であった。

反省と今後の展開

 反省点は特にないが、強いて述べるならば目当ての文献が一冊発見できなかったことである。しかし、この文献はカウンターパートナーの教授も興味を持ち、私とは別にではあるが探した結果見つからなかったので、テヘランにおいて現存していないか、現存していても手に入れることができない可能性が高い。この文献が手に入らなかったことは大変残念であるが、それを補ってあまりある成果は得られた。
 今後は、手に入れた文献を読み、咀嚼して、私自身の研究に役立てていきたいと考えている。また、文学理論を用いた自身の研究に対する自信を失いかけていたが、最新の研究書に後押しされる形になったので、この方向で改めて研究に邁進していきたいと決意を新たにした。ただ、最新の研究書を批判し分析することによって、文学理論を使うこと自体の問題点についても考察していかなければならないと思った。

  • レポート:石川 喜堂(平成27年入学)
  • 派遣先国:イラン・イスラーム共和国
  • 渡航期間:2018年8月14日から2018年8月31日
  • キーワード:アッタール、ペルシア文学、書店

関連するフィールドワーク・レポート

エチオピアにおけるウマの利用 /南部諸民族州アラバ・コリトにおける牽引馬の労働と給餌の関係 に着目して

背景 エチオピアにはアフリカ諸国で最多の約200万頭のウマが生息しており、世界でも上位8位である。エチオピアにおいてウマが牽引馬として盛んに利用されるようになったのは、イタリア占領期(1936-1941)の頃からで、都市部やコーヒー栽培の盛…

手作りおもちゃの世界的な分布と地域ごとの特徴に関する研究

研究全体の概要  世界各地でみられる手作りおもちゃには普遍性がある一方、地域や時代によっては特殊性が存在する。本研究の目的は、愛知県日進市に位置する世界の手作りおもちゃ館の館長への聞き取り調査から、手作りおもちゃの地域ごとに共通する特徴およ…

動物園における動物展示の意図と来園者の動物観に与える影響についての研究

研究全体の概要  動物園は様々な展示を通して来園者の動物観形成に影響を与えうる。本研究では動物が柵や檻などの中で展示されている通常展示、来園者と動物との間に檻などがないウォークイン展示、来園者が動物に触れることのできるふれあい展示など、様々…

アフリカ地域における企業労働文化について/モザンビーク共和国の製造業を事例に

対象とする問題の概要  近年アフリカ諸国は高い経済成長率を記録してきたが、その多くが天候や国際価格の変動の影響を受けやすい一次産品に依存したものであり、産業の多角化は進んでいない。モザンビークも1992年の内戦終結以降、諸外国からの投資によ…

現代中央アジアにおける安全保障問題の取り組み ――北海道大学での文献調査――

研究全体の概要  本調査では、ソヴィエト連邦崩壊後の中央アジアにおける国際関係を題材にした、文献(学術書、ジャーナル、ニュース)を収集することで、研究に必要なデータの確保を目的としている。1991年以降、中央アジア情勢の変化は国際政治の中で…

ケニアのカカメガ森林保護区の近隣住民による薪の調達と使用に関する研究

対象とする問題の概要  熱帯雨林は地球上の陸地面積の数パーセントを占めるに過ぎないが、二酸化炭素の吸収源として重要視されている。さらに種多様性の高さで名高く、希少な動植物が数多く生息していることでも知られている。だが近年、乱開発によって面積…