京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

マダガスカルにおけるドゥアニ信仰の生成/温泉を祀る聖地を中心に

聖地ナヌアザナの温泉を祀る社。聖なる温泉(祭壇下の内部が湧出地)を参拝し憑依状態となるモーリシャス人の巡礼者を指導する、マダガスカル人の宗教的リーダー(霊媒)

対象とする問題の概要

 マダガスカル共和国の中央高原地帯(メリナ人居住地域)および西部地域(サカラヴァ人居住地域)においては近年、在来信仰のドゥアニと呼ばれる聖地が、国内外から多くの巡礼者を集めている。特に中央高原地帯では巡礼者の増加に伴って、ドゥアニの社殿や施設が立派になるなどの「発展」を見せると共に、ドゥアニそのものも増加しつつある。また、国内外から民族・宗教を超えて巡礼者が集まるようになったため、ドゥアニで行なわれる宗教実践にも多様性が見られるようになりつつある。このような状況の中、中央高原地帯においては、聖地ドゥアニを結節点として、マダガスカル各民族の伝統宗教・民間信仰、西インド洋の島々の民間信仰、マダガスカルで影響力のあるキリスト教的要素とイスラム教的要素が、ある時は併存し、ある時は混ざり合い、ある時は排除し合いながら、新たな「ドゥアニ信仰」とでも言うべき宗教実践体系が生成しつつあると思われる。

研究目的

 本研究の目的は、マダガスカル中央高原地帯において、元々別の民族の間で実践されていた異なる起源を持つ複数の宗教祭祀が、ドゥアニと呼ばれる聖地を焦点として、「ドゥアニ信仰」とでもいうべき一つの信仰体系・宗教実践体系へと生成されつつあることを明らかにすることである。そこで本研究は、主に中央高原地帯のドゥアニを具体的事例として調査し、ドゥアニの聖地が生成・発展する様子を描き出す。今回も多くのドゥアニを調査してきたが、文字数の関係で、本稿では特に中央高原地帯の「温泉を祀るドゥアニ」について取り上げる。

聖地ムラチアズの様子。それぞれの社の内部に温泉湧出地がある。奥の人々は巡礼者ら

フィールドワークから得られた知見について

1. 大規模な温泉の聖地ナヌアザナ
アンタナナリヴ州南東部の山中に位置するナヌアザナには、そこかしこに温泉が湧いている。それらの温泉は全て聖なる温泉とされ、温泉湧出地の上には屋根付きの社が10社ほど建っている。それらを総称してドゥアニ・ナヌアザナと呼ぶ。温泉の上に社が建てられるようになったのは、ここ2、30年ほどのことである。社には十字架が建てられているものが多い。社ごとに祭祀対象は異なり、かつて存在したメリナ王国の偉人霊、水の女精霊、土着の祖霊などが祀られている。参拝者は、川で全身を沐浴した後、社の内部の温泉湧出地に頭部を突っ込んで、祭祀対象のお告げを聞く。動物供犠や憑依儀礼も行う。病気治しなどの目的で温泉水を飲用する。レユニオン人やモーリシャス人など海外からの巡礼者も多い。メインとなる大きな社殿(温泉)の周囲には、門前町としての集落が発展している。門前町には、社を守る聖職者(祭司)の夫妻が暮らしている。

2. イタシ湖畔の温泉の聖地
首都から西方に約130キロの山中に位置するイタシ湖畔にも温泉が湧出しており、ドゥアニ・ムラチアズという聖地となっている。温泉の上に社が建てられており、祭祀対象や参拝方法はナヌアザナと同様である。門前町は無い。この土地の所有者は厳格なクリスチャンであり、自分の土地に「異教の」聖地があることを良く思っておらず、社を守る女性聖職者(祭司)との間で、土地と宗教などを巡る紛争が発生している。なお社を守る聖職者も、自身がクリスチャンであると公言している。

3. 「温泉のドゥアニ」総論
元々は温泉湧出地のみだった場所に社(社殿)が建てられるなどの「発展」があり、国内外からの巡礼者の増加に伴う「宗教実践の多様化」も観察され、他のタイプの聖地(元々は王墓だった聖地など)と同様に、「聖なる温泉」もドゥアニの聖地として生成されつつあることが明らかとなった。

反省と今後の展開

 今回は滞在中に新型コロナウイルス感染症の世界的な流行が発生し、一部の行動が制限を受けた。「未知の感染症の世界的流行による調査への影響」については想定外であり、現地では健康面への不安も大きかった。今後はこれまで以上に、不測の事態を見据えた調査計画を立てていきたい。また、新型コロナウイルス感染症の影響で、今後、いつ頃から再びマダガスカルで調査できるのか不透明である。このため、しばらくの間は、これまでの手持ちの調査結果のみで自身の研究を進めるしかない。今後予想されるフィールドワークの不足を補う意味でも、先行研究の調査をより重視していきたい。

  • レポート:江端 希之(平成26年入学)
  • 派遣先国:マダガスカル共和国
  • 渡航期間:2020年1月22日から2020年3月18日
  • キーワード:聖地の生成と発展、在来信仰、巡礼、温泉

関連するフィールドワーク・レポート

インドネシアにおける労働災害に関する保険制度と運用の実際に関する調査

対象とする問題の概要  本研究の目的は、2015年7月に施行された新たな社会保障制度の一つである労働力社会保障制度とその実施機関であるBPJS Ketenagakerjaan(労働力社会保障実施庁)に着目し、その普及状況や現状に関する調査を…

ミャンマー・シャン州南部の農業システムにおけるヤマチャ利用

対象とする問題の概要  東南アジア大陸部山地では急激な森林減少が観測されており、原因の一つとして農地の拡大が指摘されている。ゴム等の大規模プランテーションや換金作物の集約的栽培は、森林破壊だけでなく、不安定な価格に伴う経済的リスクの増大等、…

高知県安田町における闘鶏文化の維持とその継承

研究全体の概要  高知県安芸郡安田町では毎年6月から翌年12月にかけて、毎週日曜日に闘鶏大会(以下:大会)が開催されている。同地域では明治時代から現在に至るまで愛好家によって軍鶏の飼養が盛んに行われている。闘鶏は地域おこしの一環として行政の…

マダガスカル北西部アンカラファンツィカ国立公園における 外来食肉目の生態系への影響

対象とする問題の概要  本研究の調査対象はエチオピアの舞踊である。エチオピアは国内に80以上の民族集団が存在する多民族国家であり、それぞれの民族や地域において、多種多様な舞踊が継承されてきた。エチオピアの舞踊は結婚式など、コミュニティにおけ…

マダガスカル・アンカラファンツィカ国立公園における保全政策と地域住民の生業活動(2019年度)

対象とする問題の概要  植民地時代にアフリカ各地で設立された自然保護区のコンセプトは、地域住民を排除し、動植物の保護を優先する「要塞型保全」であった。近年、そのような自然保護に対し、地域住民が保全政策に参加する「住民参加型保全」のアプローチ…

東南アジアにおけるプラナカン・インディアンの研究/シンガポールを拠点として

対象とする問題の概要  プラナカン・インディアンは、15世紀頃マラッカ王国統治下において、南インドからのインド系商人と現地女性(マレー人、華人等)との婚姻によって誕生したとされる。イスラーム勢力の拡大や、ポルトガル、オランダ、イギリス、日本…