京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

白川郷における観光地化と相互扶助「結」の現状

合掌造り家屋の屋根裏空間

研究全体の概要

 相互扶助という村落慣行は、世界各地の農村地域で古くから行われてきた。相互扶助には労力交換や共同労働といった様々な形態があるが、どのように村落社会で機能してきたのかは地域ごとに異なる。日本では近年の過疎化、高齢化とともに相互扶助の衰退が指摘されている。世界遺産「白川郷」として知られる岐阜県大野郡白川村荻町での調査から、相互扶助「結」によって合掌造り家屋の屋根の葺き替えが行われてきたという経緯を含め、現在の結の実態と、結が地域住民のなかでどのような位置づけにあるのかを明らかにすることが本研究の目的である。本調査から、葺き替えが行われるという本来の機能以上に、結が住民交流の場の創出となっており、また葺き替え業者の出現により新しい結の形が生まれてきたことが明らかとなった。今後は世界遺産となり観光地へと変化した経緯と合わせて、どのように新しい結の形が作られてきたのかに着目していきたい。

研究の背景と目的

 インドネシアにおける古くからの村落慣行としてゴトン・ロヨンがある。ゴトン・ロヨンは、日本では相互扶助と訳され二十世紀初頭にその起源がある。日本占領期における隣組制度の導入の際や初代大統領スカルノによる演説で多用され、特にジャワにおける伝統とされてきた。一方日本の村落社会では、小農間の労力交換を特に指す「結」という相互扶助組織があり、主に農業の場面で多く機能してきた。先行研究では、相互扶助という慣行が特に農業の場面でどのように一端を担ってきたかに関する報告とその衰退に関する指摘が多く、現在の実態を含め、その変遷に関する研究は少ない。そのなかで、世界遺産「白川郷」として知られる岐阜県大野郡白川村荻町は、結によって合掌造り家屋の屋根の葺き替えを行ってきたという特異性を持つ。本研究の目的は、荻町での調査により現在の結の実態を明らかにし、地域住民のなかでの位置づけを明らかにすることである。

荻町最大級の五階建て合掌造り家屋の外観

調査から得られた知見

 白川郷として知られる本調査地では、合掌造り家屋が大きな観光資源である。その主な特徴は、切妻造の茅葺き屋根とその屋根裏空間にある。屋根裏は広く、二層三層にも床が作られ、養蚕のための部屋として使われていた。荻町周辺の集落では昭和三十年代以降のダム建設による水没、あるいは養蚕の衰退、集団離村等により家屋の多くが取り壊され、村外に移築された。合掌造り家屋を手放す理由としては、維持するために必要な労力と費用が大きいということがあった。主に維持において大きな労力が必要となるのは屋根の葺き替えであるが、それを可能にしたものが「結」であった。結とは金銭や物の貸し借りを介すことなく、長期にわたる労力の貸し借りによる相互扶助のことである。今回の調査地である荻町では、以前は全戸の人々が結に参加し葺き替えを行っていたが、現在は主に合掌造り家屋を所有する人々による組合のなかで結が行われている。また茅葺き業者に三分の二ほど葺いてもらう、あるいは下地作りの作業をやってもらう、などすべての葺き替えにおける作業を結で行うことは少ない。主に結によって葺き替えが行われるのは一年に一度くらいのものである。この背景として、結で行う場合の負担の大きさがある。この負担には、人員の確保と依頼作業、また結に参加してくれた人々を労って行われるナオライというものへの準備等が挙げられる。一方でこの結への参加を、一種の祭りと捉えている地域住民は多い。そのため合掌造り家屋の所有者でなくとも結に参加する地域住民もいる。
 また荻町は七つの近隣組にわかれており、主にその組ごとに行われる共同労働を人足といい、内容としては祭りに関する仕事や池や境内の掃除などがある。これらの仕事を毎年七つの組で順番に回している。このような結とは違った、共同労働としての相互扶助が現在も存続していることも荻町の特徴の一つといえる。

今後の展開

 本調査から、現在結は労働交換という本来の機能よりも、住民交流の場の創出となっており、また葺き替え業者の出現により新しい結の形が生まれたことが明らかとなった。今後は世界遺産となり観光地へと変化した経緯と合わせて、新しい結の形が作られていった過程に着目していきたい。また今回の調査では、合掌造り家屋を所有している高齢者世帯、また荻町全戸による結を経験している世代への聞き取りが多く、世代に偏りがあったといえる。結への意識の差異を調査することは結の形態の変遷をたどるうえで重要なことであるため、幅広い世代を調査の対象としていきたい。加えて、合掌造り家屋を所有していないにもかかわらず結に参加する人々への聞き取り調査も必要である。その際に、合掌造り家屋が荻町での重要な観光資源であるという背景から推測できる通り、観光業従事者であるか否かといった生業の違いにも着目することが必要だろう。

参考文献

 宮澤智士.2005.「白川郷合掌造Q&A」智書房.
 2011.「白川郷荻町集落の自然環境を守る住民憲章制定・守る会結成40周年(重要伝統的建造物群保存地区選定35周年)記念誌 白川郷荻町集落40年のあゆみ~先人に学び、感謝し、次代につなぐ~」白川村教育委員会.

  • レポート:奥田 真由(2020年入学)
  • 派遣先国:(日本)岐阜県大野郡白川村荻町
  • 渡航期間:2021年1月19日から2021年2月25日
  • キーワード:白川郷、世界遺産、相互扶助、結、村落慣行

関連するフィールドワーク・レポート

ウガンダ南西部の人口稠密地域における異常気象による土壌浸食と農家の対応

対象とする問題の概要  ウガンダの人口は3400万人で、2014年までの10年間における人口増加率は3.03%と高い [UBOS 2014]。人口の急速な増加は1人あたりの農地面積の狭小化と作物生産の減少をすすめ、食料不足が発生することも懸…

小笠原諸島において気候変動の影響をうけるアオウミガメの保全と利用

研究全体の概要  小笠原諸島は気候変動の影響を受けやすいアオウミガメの世界的な産卵地として知られている。そしてまた、アオウミガメの保全と食利用が同時におこなわれている珍しい地域である。しかしながら、アオウミガメの保全と食利用についての包括的…

アジアにおける有機農業普及 ――宮崎県綾町における行政と農家連携の事例――

研究全体の概要  ブータンは、100%有機農業国化を目指す唯一の国家である。本研究の主題は、タシガン県において行政・大学・農民組織連携による有機農業普及の実態を実践的に明らかにすることである。本邦においても、自治体をあげて有機農業振興に取り…

東アフリカと日本における食文化と嗜好性の移り変わり――キャッサバの利用に着目して――

研究全体の概要  東アフリカや日本において食料不足を支える作物と捉えられてきたキャッサバの評価は静かに変化している。食材としてのキャッサバと人間の嗜好性との関係の変化を明らかにすることを本研究の目的とし、第1段階として、キャッサバをめぐる食…

マダガスカル・アンカラファンツィカ国立公園における保全政策と地域住民の生業活動(2019年度)

対象とする問題の概要  植民地時代にアフリカ各地で設立された自然保護区のコンセプトは、地域住民を排除し、動植物の保護を優先する「要塞型保全」であった。近年、そのような自然保護に対し、地域住民が保全政策に参加する「住民参加型保全」のアプローチ…

カンボジア北東部における観光開発と先住民の生活変化

対象とする問題の概要  北はラオス、東はベトナムと接するカンボジア北東部の山岳地帯、ラタナキリ州には伝統的には狩猟採集と独自の文化を営んできたとされる複数の先住民グループが存在している。現在彼らの生活は、国家による開発の対象となり、繰り返し…