京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

東アフリカと日本における食文化と嗜好性の移り変わり――キャッサバの利用に着目して――

キャッサバ収穫後の様子。収穫後澱粉を採取、もしくは芋のまま調理される。

研究全体の概要

 東アフリカや日本において食料不足を支える作物と捉えられてきたキャッサバの評価は静かに変化している。食材としてのキャッサバと人間の嗜好性との関係の変化を明らかにすることを本研究の目的とし、第1段階として、キャッサバをめぐる食文化とその栽培の動態を、南西諸島において調査した。
 キャッサバは1950年代まで主に食料難に対応するための澱粉用作物として限られた量が生産され、伝統的な方法で料理されていたが、その食材としての位置づけは多様であった。食料事情が改善後、栽培農家はさらに激減したが、沖縄本島北部などには現在でも細々と栽培され続けている。近年外国人移住者の影響もあって澱粉への加工を経ないかたちでの食用の需要が高まっており、商業的な生産に着手する農家や、自家消費用に生産を始める農家が現れている。
 今後は澱粉としてだけでなく芋としても需要が増加しているキャッサバの動態を様々な観点から明らかにしていきたい。

研究の背景と目的

 アフリカの食文化史において、従来からネガティブなイメージがもたれてきたキャッサバであるが、その利用のあり方は静かに変化している[Forsythe. et al. (2017)] 。同様の傾向は日本の食文化でも認めることができ、「熱帯で栽培・利用されているイモ」と見なされてきたキャッサバが、時の経過とともに食品や工業製品として身のまわりにあふれ、「タピオカ」という名前で広く知られるようになった。食糧難をしのぐための作物という扱いだったキャッサバが、いつしか食文化の中枢にまで入り込んできたのはなぜか。本研究では東アフリカと日本を比較しながら、食材としてのキャッサバと人間の嗜好性との関係の変化を捉え、食文化とその中における個々の食物の動態について考える。
 第1段階として、本調査では日本で第2次世界大戦前後から食用として栽培・利用されてきた沖縄本島と徳之島において、キャッサバの特性と共にそれをめぐる食文化の動態を明らかにすることを目的とする。

沖縄県今帰仁村にある店が提供するキャッサバフライドポテト

調査から得られた知見

 本調査の中で、沖縄本島ではキャッサバの歴史に関する文献調査、栽培と利用に関する実態調査、子どもの頃消費していた人や現在消費している人に聞き取り調査を行い、徳之島では商業的に栽培する農家に栽培・流通について調査した。調査から得られた知見として、キャッサバの栽培・利用に関する大まかな変遷と現在の状況について述べる。
 歴史について、キャッサバが沖縄県に導入された経緯を述べた文献は存在しない。現地には昭和初期頃から増えたブラジルへの移民が帰国する際に持ち込んだとする言い伝えが存在するが正確なところは明らかになっていない。1950年代頃までは食料難であり、自家消費のための生産が主で、主食であったさつまいもが栽培面積の大半を占めていた。キャッサバは主に「タビオカ」と呼ばれ、栽培が簡単だが台風に弱い為、屋敷畑の端で僅かに育てられていた。僅かだから珍しいという印象を持ち、おもてなしの料理に使う人や、その一方でただのさつまいもの代替作物と捉える人もおり、食材としてのキャッサバの印象は様々だった。さつまいもと同様に澱粉を採取し、伝統的な沖縄料理のてんぷらやむーちー(粉餅)などに利用されていた。1960年以降は食料事情が改善し、キャッサバを栽培する農家はさらに激減する。しかし北部の集落ではキャッサバが商売に利用されるなど、1990年代までは比較的多くの場所で栽培されていた。
 現在は、僅かだが自家用に栽培し、精製して澱粉として利用する農家と、過去10年以内に主に自家用で栽培し始め、掘り出した芋の状態でジャガイモのように利用する農家、在日ブラジル人や東南アジア人にキャッサバを商業的に販売している農家という大きく3タイプの農家が存在している。キャッサバの澱粉を利用する人は「冷めても固まりにくく、粘りが持続する」という特徴に良さを見出していた。また加えて外国人移住者も増え、芋としての需要が高まっていることも明らかになった。

今後の展開

 本調査では短い期間で広範囲にわたり調査をした為、一軒の農家ごとにお話を聞く時間が限られていたが、琉球文化圏におけるキャッサバをめぐる食文化の動態と現在キャッサバがどのように栽培・利用されているのかが明らかになった。しかし、沖縄県において商用としての視点から見た変遷はまだ明らかにできていない。沖縄県で確認されたキャッサバの種類は様々で、甘さや色、その他特徴が異なっている。市場向けの生産と流通の話や、キャッサバの種類によって食味や利用方法がどのように異なるかなど詳細について今後調査していきたい。
 また、沖縄県と移民との関係性や新しい兆候として見られる日本への外国人移住者によるキャッサバの利用方法や需要についても詳細を把握し考察していきたい。そして最終的にキャッサバをめぐる食文化を歴史的観点、利用法や嗜好性の観点、市場・流通の観点などから総合的に明らかにしていきたい。

参考文献

 Forsythe, L. et al. (2017) “Staple food cultures: a case study of cassava ugali preferences in Dar es Salaam, Tanzania” Working Paper

  • レポート:中尾 仁美(2021年入学)
  • 派遣先国:(日本)沖縄県沖縄本島、鹿児島県徳之島
  • 渡航期間:2021年11月27日から2022年2月8日
  • キーワード:農業、食文化、キャッサバ、澱粉、嗜好性

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