京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

ベンガル湾を跨ぐタミル系ムスリム移民のネットワーク――マレーシア・ペナン島における事例に着目して――

タミル系ムスリム住民が営む宝石商や両替商が立ち並ぶエリア。
コミュニティの中心であるカピタン・クリン・モスクの目の前にある。(報告者撮影)

対象とする問題の概要

 ベンガル湾沿岸地域は従来、海を跨ぐ人の移動を介して相互に繋がり合う1つの地理的空間であった。一方、近代国家体制とそれに基づく地域区分の誕生により、ベンガル湾の東西はそれぞれ東南アジアと南アジアという別の地域に分断された。故に、近代以降も形を変えて続いてきたいわば「海で繋がる人々」の生活実践は、その地理的区分に基づく学術的研究によって不可視化されてきた。本研究はこうした問題意識に基づき、領域国家単位に基づく地域研究の視角を批判的に捉える。その上で、国家との相互作用の下で維持されてきた社会的紐帯や人口移動の動態から、ベンガル湾海域世界の現在像を再定義する。具体的な事例としてはマレーシア在住のタミル系ムスリム住民を対象とし、マレーシアという国家に属しながらも、インドとの間の紐帯や人口移動に基づきベンガル湾海域を独自の生活空間としてきた彼らの視点から、当課題に取り組む。

研究目的

 本研究は、マレーシア在住のタミル系ムスリム住民が、原郷である南インドとの間で維持してきた社会的紐帯及びそれに基づく人口移動の動態の分析を通じて、ベンガル湾海域世界の現在像を再考するものである。よって今回の渡航では、マレーシア国内で最もタミル系ムスリム住民の人口が多いとされるペナン島・ジョージタウンのリトル・インディア地区周辺を調査地とし、(1)マレーシア在住のタミル系ムスリム住民の現状に関する基礎的な情報の収集及び(2)親族関係や商業、宗教を背景とした原郷インドとの間の紐帯や人の移動に関する情報の収集を主な目的として現地調査を行った。調査手法としては主に英語またはマレー語による聞き取り調査と参与観察を用いた。調査期間は2022年12月18日から2023年4月30日までとした。

ナゴール・ダルガー。毎年ヒジュラ暦第6月の初日から14日間行われるカンドゥーリと
呼ばれる祝祭の期間中には、前面のポールに旗が掲げられる。(報告者撮影)

フィールドワークから得られた知見について

 まず(1)の調査項目として行った一族の移住の時期や経緯に関する聞き取り調査から得た知見を記す。大まかな傾向としては、ペナンで商業に従事し始めた世代を初代(主に20世紀初頭)とした場合、現在その商業を継ぐ世代が3~4世であることが分かった。一方で1~2世までは基本的に父親のみがペナンに拠点を持ち妻子はインドに留まるという出稼ぎ形式の移民であり、一家移住として2~3世の父親が妻子をペナンに帯同するようになったのは、多くの場合でマラヤ連邦独立以降の1960~1980年代という比較的遅い時期であることが明らかになった。故に、3~4世の現役世代の中にはインドで生まれ幼少期をインドで過ごした経験を持つ人々が多く含まれるが、4~5世の若い世代はほぼ全員がマレーシアで生まれ育っている状況があることが分かった。その経緯故に、3~4世から4~5世の間で、多数派であるマレー・ムスリム社会への同化現象に関し、ある種の分岐、変化が生じているということも明らかになった。
 次に(2)の調査項目として行った親族関係・商業・宗教などに見るインドとの紐帯に関する聞き取り調査・参与観察から得られた知見を記す。ジョージタウン市内在住のタミル系ムスリム住民は、その出自をタミル・ナードゥ州ラーマナータプラム県のパナイクラム村に持つ集団と、同州テンカシ県のカダヤナルール村、テンカシ村に持つ集団とに大別され、両者間で移住の経緯、生業、宗教実践等が異なるという事が分かった[1]。出身村落との紐帯の維持は前者の集団に見られ、ペナン在住の親族がインドの出身村落在住の親族の中から配偶者を取るケース、またインドからの移住後にペナン在住親族の家業を継承するケース等が確認できた。また宗教実践に関しても、南インドに起源を持つナゴール・ダルガー[2]や各地縁団体が所有するスラウ等にて、タミル・ナードゥ出身の指導者が業務に当たっているケースも確認できた。

反省と今後の展開

 4ヶ月半という中長期の滞在を通じて、研究対象となるタミル系ムスリム住民の人々とは様々な機会を通じて多数の人と知り合い、信頼関係やネットワークを築くことが出来た。一方で、当集団では商業や組織運営の場面で女性が表に出てくる場面が非常に少なく、聞き取りや参与観察の対象が往々にして高い年齢層の男性に限定されてしまった点は反省すべき点である。次回の調査では、今回形成した人間関係を足掛かりに女性や若年層へのアプローチの機会を増やせるよう努めたい。また、ベンガル湾海域を舞台とした彼らの流動性を考えるうえでは、彼らがもつ紐帯の集積をインド側の視点から捉えることも必要である。よって今後は、前述したパナイクラム村、及びカダヤナルール村・テンカシ村における現地調査も視野に入れて研究を進めたい。


[1] 商業に従事していた集団は前者のパナイクラム出身者たちであり、(1)の調査項目の成果として述べた移住の時期や経緯については、彼らにみられる傾向である。
[2] ナグールという港町にある、聖者シャフル・ハミードが眠る南インド随一の聖者廟。19世紀初頭にはタミル・ナードゥ出身のムスリム移民たちによってペナンやシンガポールにも同名の聖者廟が建設され、ペナンでは現在も信仰の場として機能している。

  • レポート:中島 咲寧(2022年入学)
  • 派遣先国:マレーシア
  • 渡航期間:2022年12月18日から2023年4月30日
  • キーワード:ペナン、インド人、ベンガル湾

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