京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

ヒマーラヤ地域における遊びと生業――Sermathang村を事例に――

写真1 ツンギ(輪ゴムを束ねたボールのようなもの)を蹴って遊ぶ子ども

対象とする問題の概要

 私がフィールドとするヒマーラヤ地域は、「世界の尾根」とも呼ばれるヒマーラヤ山脈の影響を様々に受けている。そしてもちろん、そこに暮らす人々にも、気候や経済活動などの面で影響は及び、ヒマーラヤ地域には独自の文化や産業がある。
 その中でも特に遊びと生業に着目し、ヒマーラヤ地域に暮らす子どもたちが遊びそのものや遊び空間をどう捉えているのかを明らかにしていきたい。
 遊びや娯楽は人の人生を豊かにする要素であり、ある面では人間の楽しむ力や競争心などが表れる本能的な営みである。地域や世代を超えて共通する普遍性がある一方、何でどう遊んでいるかはそれぞれに異なり、遊びをどのように捉えているかに社会や文化圏、個人の価値観が現れていると考える。経済的利益を目的とする点で遊びとは異なる、生業との関係性も踏まえて、ヒマーラヤ地域の遊びについて考察していく。

研究目的

 本研究の目的は、ヒマーラヤ地域において遊びがどのように捉えられているのかを明らかにするために、参与観察とインタビューを通じて遊びの実態を把握することである。

写真2 大人を手伝って薪を取りに行く子どもたち。 仕事というよりはピクニック気分なのか、楽しそうに盛り上がっている。

フィールドワークから得られた知見について

 首都カトマンズでは、オーガニック食品を販売している方にインタビューを行った。ヒマーラヤの高山地帯では、冬虫夏草が採集され、質の良い冬虫夏草は高値で取引される。そのため、収穫時期には学校が休みになって子どもたちも収穫に駆り出されるという。そのため、子どもたちの生活自体に冬虫夏草採集が大きな影響を与えていると思いインタビューを行った。
 その結果、私の調査地のセルマタンの高標高エリアでも質はそこまで高くないものの冬虫夏草が採れ、子どもたちも採りに行くことがあることや、2019年から2020年にかけて、新型コロナウイルス流行の影響で冬虫夏草の価格が急落したにもかかわらず、政府からは例年と同じ額の採集許可料が徴収されたため、現地住民が得る収入は減少したということがわかった。
 調査地は、カトマンズから北東に60kmのセルマタンという高山地域である。ここでは、毎日学校に通って子どもたちと多くの時間を過ごすことで、遊びに限らず子どもたちの暮らしの実態を把握することに努めた。この地域では、子どもたちは皆学校に通っていたが、先生が不足していた。その原因は、薄給と気候の厳しさ(寒い)のために先生が来たがらないからだった。また、生徒のうち4割が外国人スポンサーからの経済的支援を受けて学校に通っていた。セルマタンは7000m超えの山もある国立公園の中にあり、ハイシーズンにはトレッカーが数多く訪れる。彼らが子どもたちを支援しているとのことで、観光業が子どもたちの生活にも深く影響していると感じた。
 また、先生がいないので授業時間中に子どもたちが自由に遊んでいることがあった。フットボール、ツンギ(輪ゴムを束ねたボールのようなもの)、果実の採集、鬼ごっこ、チェス、焚き火など多種多様な遊びをしていた。日本でも見られるような普遍的な遊びもある一方、見るのも聞くのも初めての遊びも多くあり、一緒に遊んだり写真を撮ったりして遊びを収集し、分類した。

反省と今後の展開

 反省としては、語学力と計画性の不足が挙げられる。調査地では、子どもたちは英語を話せたので英語でコミュニケーションをとっていたが、英語があまり話せない高齢者の方にお話を聞く時は若者に通訳をお願いすることとなってしまった。子どもたちに対してもネパール語で話した方がより深いコミュニケーションが取れることには間違いないので、ネパール語のスピーキング力の向上が必要である。また、調査地に入る許可料や産業のシーズンについて事前のリサーチが不足しており、現地で予定を変更することになってしまった。今回で現地に知り合いも出来たので、今後は自身が日本にいても、彼らと連絡を取り合って事前準備をしっかりと行う。
 今後の展開としては、セルマタンに住むヒョルモの人々やヒマーラヤの気候・地理について文献を通じて知識を深め、引続きセルマタンをフィールドに環境/遊び/遊び仕事の関わり合いについて考察していく。

  • レポート:秋田 日和(2023年入学)
  • 派遣先国:ネパール
  • 渡航期間:2023年8月18日から2023年12月14日
  • キーワード:ヒマーラヤ地域、遊び、生業

関連するフィールドワーク・レポート

都市への移動と社会ネットワーク/モザンビーク島を事例に

対象とする問題の概要  アフリカ都市研究は、還流型の出稼ぎ民らが移動先の都市において出身農村のネットワークを拡大し濃密な集団的互助を行う様子を描いた。これらの研究は、人々が都市においてどのように結び付けられ、その中でどのように行為するのかに…

東ネパールにおける先住民族の権利運動――「牡牛殺し」に関する事件を事例に――

対象とする問題の概要  ネパールには先住民族が存在している。その多くは元々ヒンドゥーとは異なる自らの文化や宗教を実践していたが、1768年にシャハ王が現在のネパールと呼ばれる土地を統合して以降、ヒンドゥー文化を基準とした実践が強制されるよう…

日本の窯をつかった炭焼きの実態とその製炭技術 ――能勢菊炭を事例に――

研究全体の概要  タンザニアで調理用燃料として使用されている木炭は、国内の広い地域で共通したやり方で生産されている。当地の炭焼きは日本のように石や粘土でつくられた窯を使うのではなく、地面にならべた木材を草と土で覆って焼く「伏せ焼き」という方…

限界集落における移住事業者と地元住民――静岡県賀茂郡南伊豆町沿岸集落の事例――

研究全体の概要  地方では過疎化や限界集落の増加が深刻な問題となっている。そして近年、それらの問題の対策の切り札として都市から農村・漁村への移住者が注目されており、多くの地方自治体が様々な政策で移住者誘致に励んでいる。その効果もあり、またリ…

長期化難民/移民に対する援助と地域社会の形成――タイ・ミャンマー国境地帯を事例として――

対象とする問題の概要  2021年以降、ミャンマーでは170万人以上がIDP[1]として国内での避難を余儀なくされている[2]。タイ国境においては歴史的に、国際的な人道支援アクセスが制限されるミャンマーへの「国境を越えた支援」が草の根のCS…

白川郷における観光地化と相互扶助「結」の現状

研究全体の概要  相互扶助という村落慣行は、世界各地の農村地域で古くから行われてきた。相互扶助には労力交換や共同労働といった様々な形態があるが、どのように村落社会で機能してきたのかは地域ごとに異なる。日本では近年の過疎化、高齢化とともに相互…