京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

ポスト狩猟採集社会におけるフォーマル教育とノンフォーマル教育の接続の実態

写真1 OSECに通う子どもたち

対象とする問題の概要

 ボツワナ共和国(以下、ボツワナ)は、圧倒的多数派民族であるツワナを中心とした統合政策のもとに発展した。こうした国民国家形成の普及を実質的に担う学校教育もまた、ツワナの文化・社会システムを中心としたカリキュラムを採用しており、人口の約3%にあたる狩猟採集民サンは教育機会をめぐって様々な困難を経験してきた[e.g. Mokibelo 2014]。一般的にサンの子どもが、幅広い年齢からなる子ども集団の中で互いに関わり合うことをその社会化の特徴としている一方で、学校教育においては、教員によるトップダウンの教授形式が適用されている。また、子どもの多くがグイ語/ガナ語をはじめとするコイサン系言語を日常的に使用しているにもかかわらず、教育現場では最近まで教授言語としてツワナ語と英語のみの使用が認められていた。こうした社会文化的背景や言語の違いが、教員と子どもの間に相互理解上の軋轢を生じさせ、多くの子どもの中途退学を招いてきた。

研究目的

 筆者は、2022年よりボツワナのニューカデにおいて、フォーマル教育に通学していない子ども向けのノンフォーマル教育Out of School Education for Children(以下、OSEC)の取り組みに着目してきた。ニューカデは、1990年代後半より、政府がサンのグループであるグイ/ガナの人びとを定住化させた地域である。ニューカデのOSECではグイ/ガナの若者がファシリテーターとして雇用されており、彼らの母語であるグイ語/ガナ語を用いた授業が展開されている[Noguchi & Takada in press]。理念的にはOSEC修了後に子どもはフォーマル教育に戻ることが目指されている[Republic of Botswana 2018]が、実際にはこうした子どもの存在は確認されておらず、小学校の教員からもOSECにおける取り組みの不透明さが指摘されている。本渡航では、ニューカデにおけるフォーマル教育とノンフォーマル教育の接続の実態を明らかにすることを目的に調査を行った。

写真2 初回登校の子どもをケアする親戚の子ども

フィールドワークから得られた知見について

 2023年12月現在、OSECに在籍するニューカデ内の子どもは計12名であり、2024年度にフォーマル教育である小学校に転入予定の子どもは6名(表1)であった。しかし、2024年1月の新学期の時点で、小学校に転入した子どもは確認されなかった。OSECから小学校への申し送り等はなく、子どもや親族も新年度以降の子どもの通学先を認識していなかった。その後、筆者と子どもFが同じ居住地で生活していたことから、滞在先の住人から筆者がFと小学校に出向いてみるよう提案され、Fと筆者はともに通学することになった。その翌日には筆者は不在であったが、Fは近所の子どもと通学するようになり、さらに、C、D、Eの3名もFと一緒に通学するようになった。これらの子どもはキョウダイ等の近い親族関係にあり、日常的に遊ぶ間柄であった。また、今年度は転入の対象になっていないFの妹に関しても、就学年齢ではあったことから、遅れて小学校に入学することになった。初回登校時には緊張した表情で様子を窺っていたFらであったが、次第に周囲の子どもとも打ち解けていった。一方で、Fらの居住地から2kmほど離れたところに住む、A、Bは、その後も小学校に転入することはなかった。
 本調査からは、通学のきっかけになる存在があれば、OSEC修了後の子どもの多くが、小学校に通学するようになることが明らかとなった。しかし、フォーマル教育の教員やOSECのファシリテーターは、各教育機関を接続する役割としては機能しておらず、むしろ、親族関係や居住地が近く、日常的に関わりのある子どもの存在が転入のきっかけとして重要な役割を担っていることが明らかとなった。

反省と今後の展開

 本渡航では、OSEC修了後の子どもの動きに着目することで、各教育の接続の実態に迫ることができた。次年度もデータのフォローアップを含む詳細な情報収集を継続するとともに、アクションリサーチによる方法論を採用することで、コミュニティの人びとや行政、アカデミアにおける議論を含めた、ポスト狩猟採集社会における子どもの望ましい社会化の具現化に関して調査を行う予定である。

参考文献

 Mokibelo, E. B. 2014. Why We Drop Out of School: Voices of San School Dropouts in Botswana, The Australian Journal of Indigenous Education 43(2): 185—194.
 Noguchi, T., & A. Takada. in press. Help to Climb Up: Impacts of Modern Education among the Gǀui and Gǁana, Hunter Gatherer Research.
 Republic of Botswana. 2018. Implementation Plan for Out of School Education for Children 2019 to 2023. Gaborone: Government Printer.

  • レポート:野口 朋恵(2022年入学)
  • 派遣先国:ボツワナ共和国
  • 渡航期間:2023年9月14日から2024年2月29日
  • キーワード:ポスト狩猟採集社会、サン、ノンフォーマル教育

関連するフィールドワーク・レポート

スリランカにおける清掃労働者コミュニティの研究

対象とする問題の概要  スリランカの清掃労働者は地方自治体に雇用され、道路清掃やゴミ回収・処理を行っており、その集住集落には周辺住民や自治体職員から差別的なまなざしが向けられている。また廃棄物管理行政の中では主要なアクターとして捉えられてお…

タイにおける文化遺産マネジメント/マルカッタイヤワン宮殿の事例を中心に

対象とする問題の概要  タイにおいて文化遺産の保護管理の多くは、法的規制のもとに国家機関である文化省芸術局が担っている。政治的背景や文化行政における予算や人員の不足から、芸術局による文化遺産マネジメントの取り組みは特定の文化遺産に偏重するも…

ダークツーリズムと住民および労働者の歴史認識 /セネガル・ゴレ島の事例

対象とする問題の概要  セネガルのゴレ島は、奴隷貿易の拠点として利用された歴史を有し[Maillat  2018]、現在では奴隷収容所が多くの観光客を集めている。1978年に世界遺産に登録された同島は、ダークツーリズム的観光地である一方で、…

マダガスカル・アンカラファンツィカ国立公園における保全政策と地域住民の生業活動(2018年度)

対象とする問題の概要  植民地時代にアフリカ各地で設立された自然保護区のコンセプトは、地域住民を排除し、動植物の保護を優先する「要塞型保全」であった。近年、そのような自然保護に対し、地域住民が保全政策に参加する「住民参加型保全」のアプローチ…

2020年度 成果出版

2020年度における成果として『臨地 2020』が出版されました。PDF版をご希望の方は支援室までお問い合わせください。 書名『臨地 2020』院⽣臨地調査報告書(本文,10MB)ISBN:978-4-905518-32-7 発⾏者京都⼤学…