京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

ガーナ東部ボルタ州における手織り布「ケンテ」産業――布の広域な流通を支える織り手の生業実践――

写真1 アグボズメのケンテの定期市 台の上に色とりどりの布が積まれ、販売される

対象とする問題の概要

 本研究では、ガーナにおいて小規模な家内制工業体制で生産される手工芸品が、国内にとどまらず国外でも広く流通しているという事例に着目し、零細な生産体制にも関わらず、広域にわたって布製品が流通している仕組みを解明することを目指した。
 広域に流通する手工芸品の生産現場では、労働生産性向上のため、効率重視の工場生産的な体制が取られると言われる [Biggs et al. 1996]。その一方で、調査者の研究対象であるガーナの伝統的な手織り布「ケンテ」は、17世紀頃から続く伝統的な製織技術を用いて家内制手工業的な体制で生産されている。先行研究では、こうしたケンテ産業の零細性は、大規模生産や輸出の可能性を制約している [McGuckin 1997]と指摘されるが、現在ケンテはガーナ国内にとどまらず、世界中を市場として広く流通している。
 そこで本研究では、ガーナのケンテ産業を事例に、零細な生産体制がとられながらも広域な流通が実現している当該産業の仕組みの解明を試みた。

研究目的

 本研究では、ガーナのケンテ産地の一つであるボルタ州アグボズメ地区(以下アグボズメ)のケンテ産業従事者の実践に焦点を当てる。ケンテ産業はアグボズメの主要な生業であり、地区内では織り手や糸の業者、販売・流通業者など多様な関連産業が展開している。多くの場合、アグボズメの織り手や流通業者は個人や家族規模で生業を営むことが一般的であり、効率や生産性を重視した工場生産的体制はとられていない。しかし、当該地区からは首都アクラやアシャンティ州クマシなど、ガーナ各地にある市場へと布が卸される。また、同地区で開催されるケンテの定期市には、ガーナからだけでなくトーゴやコートジボワールなどのガーナ近隣諸国からも顧客が訪れ、布の取引が行われている。
 本研究では、アグボズメの織り手たちが零細な体制で生業に携わりながらも、ガーナ国内外へと広く布を流通させている仕組みを、特に織り手の生業実践に着目しながら探求する。

写真2 自宅の庭で友人の整経作業を手助けする織り手

フィールドワークから得られた知見について

 今回のフィールドワークにより、得られた知見は3つある。
 1つ目は、アグボズメの織り手の個人事業主的な経営体制によって、当該地区の布のガーナ各地への流通が可能となっていることである。アグボズメの織り手は自宅の庭などに自分の織機を構え、各織り手が自分のビジネスとして、受注から納品までのほぼ全行程を一人で行うことが一般的である。また、織り手の中で得意とする製織技術には差異があり、布の種類に応じて取引を行う仲買人や小売業者も、織り手の間で異なるために、当該地区の織り手は独立した個人事業主として生業に携わっていた。こうした織り手の間で技術の幅があることや販売先の違いが、当該地区において多種多様な布が生産され、それらの布が様々な場所へと流通する要因の一つとなっていた。
 2つ目に、織り手同士の協力関係の存在が、アグボズメからケンテを広域に流通させることを可能にしているという点である。織り手たちは、それぞれ独立した体制をとりながらも、頻繁に製織技術や流通に関する情報を共有し、互いの生業活動に関与し合っていた。こうしたアグボズメにおける織り手たちの協力関係は、効率性や生産性を高めるために工場生産的な体制を取らずとも、同地区からケンテが広く流通する上での生産基盤を支えていると考えられる。
 3つ目は、織り手の仲介者としての働きが、アグボズメのケンテの定期市での売買を円滑にしていたという点である。定期市では小売業者に代わり、ガーナの他地域や近隣諸国から訪れる顧客に対して、フランス語やアカン語などの多言語を操りながら価格交渉を行う織り手が存在し、彼らは「ボジャボジャ」と呼ばれる仲介者としての役割を担っていた。織り手として布のことを熟知し、また顧客や小売業者とそつなくコミュニケーションを取ることのできるボジャボジャは、市場内の取引を円滑化しており、国外へとケンテを流通させる上で重要な役割を担っていた。

反省と今後の展開

 今回の調査では、アグボズメおけるケンテ産業の従事者である織り手を中心に聞き取りや参与観察を行ったが、ケンテの購入者についてのデータを十分には収集できなかった。この背景として、定期市に訪れるケンテの購入者たちの多くは、ガーナの他地域やコートジボワールやトーゴなどの近隣諸国から来る人びとで、聞き取り調査を実施する際に言語面での制約があったことを指摘できる。加えて、不定期に訪れる購入者との信頼関係を築くことは困難であった。今回の調査では、販売者と購入者のやり取りにかかわる調査については、購入の現場を観察し、インフォーマントの仲介者に後から様子を聞き取る手法を採用した。
 今後はケンテの購入者に対して、他地域や他国からアグボズメの定期市を訪れるようになった経緯や、購入した布の用途などについて聞き取りを実施する。これにより、当該地区におけるケンテ産業について更に包括的に捉えることを目指す。

参考文献

 Biggs, T., M. Miller, C. Otto, and G. Tyler. 1996. Africa Can Compete! Export Opportunities and Challenges for Garments and Home Products in the European Market. Washington, D.C.: The World Bank.
 McGuckin, E. 1997. Tibetan Carpets: From Folk Art to Global Commodity, Journal of Material Culture 2(3): 291-310.

  • レポート:田中 優花(2023年入学)
  • 派遣先国:ガーナ共和国
  • 渡航期間:2024年8月6日から2024年11月2日
  • キーワード:手工芸品産業、手織り布、織り手

関連するフィールドワーク・レポート

モザンビーク共和国における地場小規模製造業の発展について /マプト州マトラ市の金属加工業を事例に

対象とする問題の概要  モザンビークは増加する人口と豊富な資源を背景に世界平均を上回る経済成長を遂げてきた。しかし、その多くは一次産品に依存しており、工業製品の多くは輸入で賄われている。GDPに占める工業の割合は増加しているが、その半分以上…

島根県津和野町のカワラケツメイ茶の生産をめぐる 自然条件の適合性と歴史

研究全体の概要  島根県津和野町では、マメ科の草本性植物であるカワラケツメイ(Chamaecrista nomame (Makino) H. Ohashi)を材料とした茶葉が生産されている。元来カワラケツメイは河原の砂地や道端また森林の緑辺…

ベトナム・メコンデルタにおける農業的土地利用の変遷/塩水遡上・市場動向・政策的要因に注目して

対象とする問題の概要  ベトナムの一大穀倉地帯であるメコンデルタでは、近年の環境変化が農業システムに大きな影響を与えている。メコンデルタでは様々な環境変化が起きているが、特に沿岸部を中心に発生している塩水遡上の影響は顕著である。沿岸部やハウ…

福岡市における既存/新規屋台をとりまく制度と社会関係の構築

研究全体の概要  本研究では、福岡市で2017年以降に新規参入した屋台と既存の屋台[1]が自治体や顧客、異業種の事業者とどのように社会関係を構築するのかを調査する。また両者の公式/非公式な制度の受容と醸成過程に着目する。 2021年10月1…

ベンガル湾を跨ぐタミル系ムスリム移民のネットワーク――マレーシア・ペナン島における事例に着目して――

対象とする問題の概要  ベンガル湾沿岸地域は従来、海を跨ぐ人の移動を介して相互に繋がり合う1つの地理的空間であった。一方、近代国家体制とそれに基づく地域区分の誕生により、ベンガル湾の東西はそれぞれ東南アジアと南アジアという別の地域に分断され…