京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

ケニアにおける自動車整備士の労働観に関する研究――kazi nzurikujikazaに注目して――

写真1 ガレージの様子

対象とする問題の概要

 恒久的な作業場を持たない木材・金属加工職人や自動車修理工などの「屋外で額に汗して働く職人たち」は、ケニアではジュア・カリ(スワヒリ語で「刺すような陽射し」)と称されている [上田 1998: 19-20]。ジュア・カリに関する研究は様々な観点から多くの蓄積がある。しかしながら、そこで働く人びと自身の労働観に関する研究は管見の限り見つからない。

研究目的

 本研究は、ケニアの首都ナイロビにおいて、ジュア・カリとして働く自動車整備士の人々の労働観の特徴を明らかにすることを目的とする。近年、「長時間労働」や「過労死」など、労働に関する様々な社会問題が浮き彫りになってきた。人々にとって「働く」ことの意味が問い直されている今、もう一度労働の本質は何なのかを検討したい。

写真2 仕事を待つZ世代の人々

フィールドワークから得られた知見について

 ナイロビ市内にあるガレージに徒弟として弟子入りし、調査者自らジュア・カリの人々とともに働きながら、調査を行った。調査地には、自身が徒弟として入ったガレージの他に10か所以上のガレージが周囲に集積しており、人々は自身のベースとなるガレージの垣根を越え、ガレージを転々と移動しながら仕事を行っていることが分かった。また会社と異なり、社長やマネージャーといった役職は不在であった。そのため、顧客は自身の車を直接整備士の方の所に持っていき、修理を依頼していた。整備士の中には、自分専属の顧客を複数人抱えている人(親方)もいれば、まだ専属の顧客を獲得していない人(徒弟)もいた。親方は、顧客が車を持ってくると、その仕事を自分が属するガレージの人以外にも積極的に「分配」していた。徒弟は、親方の仕事を手伝わせてもらい、仕事 ぶりの良さ(スワヒリ語でkazi nzuri)を親方の顧客に示す。徒弟の仕事ぶりを見た顧客が、友達や親戚に仕事ぶりの良さを伝え、後日その友達や親戚が直接、徒弟の所に車を見てほしいとやってきたときに初めて、自身の専属の顧客を獲得することになる。自分専属の顧客を獲得する方法はいくつか存在するが、今回の調査では、ほとんどの人が、上記に記した方法で専属の顧客を獲得していた。
 また聞き取り調査から、「kujakazaが大切である」という言説が複数聞かれた。Kujikazaとはスワヒリ語で「耐える、努力する」という意味であり(締めるという意味のkazaに再帰代名詞jiがくっついたもので、直訳は「自分自身を締める」という意味)、しばしば後ろにkisabuniという語がついて、「困難な状況でも、粘り強く耐える」という意味で用いられる。ジュア・カリの人々にとっての困難は、様々な解釈が可能であるが、どのような困難な状況であれ、自分自身を締める(kujikaza)することが大切であり、粘り強く耐えることが重要であるといった考えが存在することが垣間見られた。

反省と今後の展開

 Kazi nzuriといっても、その人が良い仕事をしているかどうかには、様々な評価軸が存在する。何をもってkazi nzuriなのかを検討したい。また、例えばSNSを用いて自分を宣伝しお客さんを集めるといったような、kazi nzuri以外のお客さんの獲得方法が取られていないか調べてみたい。さらに、集積しているガレージごとの人々のつながりをより具体的に明らかにするとともに、「一緒に仕事したい人」「一緒には仕事をしたくない人」の特徴がジュア・カリの人々の中で共通して存在していないか考えたい。
ケニアでビジネスをされている人から、「ケニアの修理工はわざと傷をつけてお金をだまし取ることがよく行われている。」という言葉を聞いた。自身の今回の調査ではそのようなkazi mbaya (スワヒリ語で悪い仕事)は見られなかったが、日常的に顧客の信頼を損ねる行為が行われているのか検討したい。そして、kazi nzuriの人とkazi mbayaの人では何が異なっているのかも考えたい。

参考文献

 上田元. 1998. 「零細企業群の経営論理とポピュリズムーケニア・ニェリ市におけるジュア・カリ組織化」池野旬・武内進一 編『アフリカのインフォーマル・セクター再考』アジア経済究所

  • レポート:島田 龍人(2024年入学)
  • 派遣先国:ケニア
  • 渡航期間:2024年9月1日から2024年11月30日
  • キーワード:ケニア、労働観、ジュア・カリ、Kazi nzuri、Kujikaza、分配

関連するフィールドワーク・レポート

インドネシア・ロカン川河口域における地形変化による生業変化

対象とする問題の概要  研究対象地域はインドネシア・スマトラ島東海岸のロカン川河口域であり、同地域は1930年代のオランダ統治時代に、ノルウェーに次ぐ世界第2位の漁獲量を誇るインドネシア最大の漁獲地であった。しかし、1970年代以降、漁獲量…

タンザニアの熱帯雨林におけるアグロフォレストリーの動態/アマニ地域における持続的な木材生産に着目して

対象とする問題の概要  タンザニア東北部に位置する東ウサンバラ山の東斜面(以下、アマニ地域)では、豊富な雨を利用して屋敷地がアグロフォレストリーとして利用されている。20世紀初頭、ドイツ植民地政府はアマニ地域に広大な樹木園を開き、世界各地の…

2017年度 成果出版

2017年度のフィールドワーク・レポートを編集いたしました。PDF版公開を停止しています。ご希望の方は支援室までお問い合わせ下さい。 書名『臨地 2017』院⽣海外臨地調査報告書 発⾏者京都⼤学⼤学院アジア・アフリカ地域研究研究科附属次世代…

ミャンマー・バゴー山地のダム移転カレン村落における 焼畑システムの変遷と生業戦略

対象とする問題の概要  ミャンマー・バゴー山地ではカレンの人々が焼畑を営んできたが、大規模ダム建設、民間企業への造林コンセッション割り当てや個人地主による土地買収などによりその土地利用は大きく変化しつつある。本研究の調査対象地であるT村も、…

熱帯アジアの放棄養殖池におけるマングローブ再生をめぐる地域研究

研究全体の概要  世界の養殖エビの生産量は1985年からの20年間で約13倍に増加した。この背景には、日本でのクルマエビ、台湾でのウシエビの完全人工養殖の確立、そしてその技術を用い、大量のエビを高密度で養殖する集約的養殖の発展がある。この集…