京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

都市における相互扶助実践――ケニア共和国におけるソマリディアスポラの事例から――

写真1 ナクルの家庭で親戚の女性たちが共に夕飯のサモサ作りをしている様子

対象とする問題の概要

 ソマリディアスポラ[1]は、多くが1991年以降、ソマリア内戦の影響でアフリカの角のソマリ地域外に移住してきた。彼らの相互扶助実践については、親族ネットワークを介した商業活動や送金を中心に、主にアフリカ・欧米諸国での研究が蓄積されている。
 ケニア共和国は、2015年時点で推定50万人ほどのソマリディアスポラが暮らしており[Connor & Krogstad 2016]、その人口の多い難民キャンプと首都を中心に研究がなされている。難民キャンプの研究では、主に欧米に移住したソマリディアスポラからの送金の受け手側の様子が明らかになっている[e.g. Horst 2007]。首都ナイロビは、「リトル・モガディシュ」と呼ばれるグローバルなソマリネットワークのハブといえる地区を擁し、商人の慣行のあり方などが明らかになっている[e.g. Carrier 2017]。しかし、グローバルに貿易を展開する商人以外の主体や、地方都市での実情については、未だ十分に明らかにされていない。


[1] ディアスポラ概念は論争的であるが、ここではソマリア国内の情勢悪化に伴い国外へ移動した者を広く「ソマリディアスポラ」と呼ぶ。

研究目的

 本研究は、ソマリディアスポラの多様な相互扶助実践を、ケニア共和国の複数の都市(ナイロビ、ナマンガ、ナクル、イシオロ)での調査から明らかにするものである。ケニア共和国のソマリ住民が商業、医療、教育などの諸領域で、どのような独自の相互扶助活動をおこなっているのかを明らかにする。今回の予備調査の段階では、その多様性を、一つの領域に限定せず探索的に把握する。首都ナイロビでは零細商業活動、その他の地方都市では商業・その他の集まりを対象とする。

写真2 イシオロのメインストリートではナイロビに向かう大型バスにラクダミルクの20Lのジェリカンを毎朝未明から詰め込む。これらは前日に放牧地から組合へ回収され、一晩冷蔵保存されたものである。

フィールドワークから得られた知見について

 ナイロビ、ナマンガ、ナクル、イシオロにおいて、主に商業・親族の領域でどのような相互扶助活動が行われているかを調査した。ナイロビではソマリ女性たちの零細ビジネス(露店の食堂、ゴールドの取引、服飾店、アクセサリー店)、ナマンガではタンザニアとの国境地域で興隆するソマリ住民による生業のあり方(両替商、土地のブローカー業、ガソリンスタンド、牧畜)と他民族との関係、ナクルでは家庭内で観察できる親族間の生活上の支えあいともののやりとり、イシオロでは女性たちによるラクダミルク組合とラクダ肉加工品組合の活動を、参与観察とインタビューにより把握することができた。ナイロビとイシオロでの調査からは、女性たちの零細ビジネスと組合活動、さらには互助講(スワヒリ語でchama、ソマリ語でayuto)が、男性たちの大規模なビジネスとは対照的に、クランや民族を問わず展開している例を複数見た。ナマンガとイシオロでは、町に住みながら、町でのビジネスと、隣接する放牧地での牧畜との両方から生計を立てる例を多く見聞きした。ただしイシオロでは、放牧地での家畜略奪が多発しており、町の人々は牧畜(特に、価値が高く広範囲を移動するラクダ)を手放していく状況にあることがわかった。
 加えて、当初ソマリディアスポラに対象を設定したものの、ケニア国内のソマリ住人のなかで、情勢悪化のためにソマリ地域から移動してきたディアスポラと、内戦さらには植民地化以前からそこに住んできた者との区別が、予想していたよりも自明でないことがわかった。両者はビジネスや居住空間、婚姻において交じり合っていた。同様に、ソマリと他のムスリムの民族との関係についても、ビジネスや婚姻において以前より深くなりつつあることを見聞きした。特にイシオロでは、ソマリと同様クシ系で言語的にも近い諸集団(ボラナ、ガブラ、サクイェなど)が多く住んでおり、互いに日常的に近く接していた。

反省と今後の展開

 以上をふまえ、対象の設定をより現状に即した形に再検討したい。また、今回の調査期間では、スワヒリ語よりもソマリ語の習得を優先していたが、以上のような民族間の深い関係やソマリの若年層におけるスワヒリ語の広がりから、スワヒリ語をより上達させる必要がある。

参考文献

 Carrier, N. 2017. Little Mogadishu: Eastleigh, Nairobi’s Global Somali Hub. London: Hurst.
 Horst, C. 2007. The Role of Remittances in the Transnational Livelihood Strategies of Somalis. In Naerssen, T., Spaan, E. & Zoomers, A. eds., Global Migration and Development. Routledge, pp. 109-126.
 Connor, P. & Krogstad, J. M. 2016. 5 Facts About the Global Somali Diaspora. Pew Research Centre. https://www.pewresearch.org/short-reads/2016/06/01/5-facts-about-the-global-somali-diaspora/ 最終閲覧日2024年6月25日.

  • レポート:森 麻里永(2024年編入)
  • 派遣先国:ケニア共和国
  • 渡航期間:2024年12月12日から2025年3月10日
  • キーワード:相互扶助、ソマリ、ケニア

関連するフィールドワーク・レポート

インド指定部族の社会移動への意識とその実践/タミル・ナードゥ州指定部族パニヤーンを事例に

対象とする問題の概要  これまでインド政府は貧困問題を解決するために様々な政策を実施してきた。その成果はある程度認められるものの、依然として多くの貧困層を抱えており、貧困削減はインド社会において重大な社会問題として位置づけられている。なかで…

都市への移動と社会ネットワーク/モザンビーク島を事例に

対象とする問題の概要  アフリカ都市研究は、還流型の出稼ぎ民らが移動先の都市において出身農村のネットワークを拡大し濃密な集団的互助を行う様子を描いた。これらの研究は、人々が都市においてどのように結び付けられ、その中でどのように行為するのかに…

文学とアッタール/イランにおける近年のアッタール研究について

対象とする問題の概要  ドイツの国民作家ゲーテは『西東詩集』においてペルシアの文学作品の影響を受けたことを如実に表している詩を詠んだ。火に飛び込んで自らを燃やす蛾を恋人に例えるというペルシア文学において有名なモチーフを援用したのである。この…