京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

「経験から学ぶ」教育がラダックの若者に及ぼした影響

写真1 ジャム作りキャンプ。販売まで生徒主体で行うことでアントレプレナーシップの醸成にもつなげる。

対象とする問題の概要

 ラダックはインド最北部のインド・ヒマーラヤ地域に位置する、4000m-7000m級の山々に囲まれた高標高、乾燥地帯である。その厳しい地理的特徴から、人々は互いに協力し合い、自然資源や動物資源を持続可能な形で利用し生活してきた。長閑な伝統的生活の一方、教育について多くの課題がある。中央から離れた山岳部であるため人・金・物の教育資源が不足している点や、国境地帯であるため、様々な言語を母語とする生徒がいるにも関わらず、試験のために複数の言語を短期間に習得しなければならず混乱が生じている点がその一例である。
 本研究の舞台であるSECMOLは、このようなラダックの教育問題を解決するため1994年に開校されたオルタナティブスクールである。本研究では、座学以外の「経験を通じた学び」を重視しているSECMOLの教育がラダックの若者にどのような影響を及ぼしているのかを明らかにする。

研究目的

 本研究の目的は、SECMOLがそこに通うラダックの若者に対してどのような影響を及ぼしているのか、またSECMOLがラダックの教育の現状においてどのような役割を果たしているのかを明らかにすることである。

写真2 毎日行われる対話クラス。

フィールドワークから得られた知見について

 今回のフィールドワークから得られた知見について、①参与観察から得られた知見 ②インタビューから得られた知見に分けて記述する。
① 参与観察から得られた知見
 今回のフィールドワークでは、ラダックの全寮制オルタナティブスクールであるSECMOLに約2か月間滞在し参与観察を行った。
 SECMOLでは「Bright Head, Kind Heart, and Skilled Hands」をモットーに1年制の教育プログラムを実施している。生徒はラダック中から集まった18歳〜20歳の男女が40名ほどで、基礎コースとギャップイヤーコースに分かれている。前者はインドで10年生と12年生(どちらも日本の高校生の年代)で行われる試験において落第した子が入学し、後者は試験には合格したものの、将来やりたいことが見つからない子やSECMOLのユニークなプログラムに惹かれた子が入学する。
 そのため、SECMOLでの学習方法は非常にユニークである。座学ではなく実践や経験を通じた学びを非常に重視しており、机や教科書はない。三食の食事には生徒が畑で育てた野菜が使われ、畑仕事や乗馬、ジャム作りキャンプといった活動が行われている。また、責任と自信(をつけること)も非常に重視されており、キャンパスの整備や日々の運営は全て生徒主体で行われる。
② インタビューから得た知
 SECMOLに入学する前後での当事者の変化や卒業生の進路、SECMOLのシステムなどを明らかにするため、生徒、スタッフ、卒業生にインタビューを行った。
 その結果、SECMOLの教育内容や教師の質に満足している生徒が多いことが分かった。卒業生についても一部は「SECMOLは私の人生のターニングポイント」と話すほど愛着があり、SECMOLでの教育に影響を受けて事業を始めたり、進路を決定したりしている。

反省と今後の展開

 反省としては、調査対象の偏りとデータ数の不足が挙げられる。前者について、SECMOLは非常に特殊な教育施設であるため、当該地域における一般的な学校のシステムをよく理解し、それらと比較することでSECMOLについてもより理解が深まると考える。一般的な学校は昨年の渡航時に訪問したものの、インタビューはあまりできなかったため、長期的な視点で計画的に調査を行うべきだった。
 後者について、今回の渡航ではSECMOLの在校生、スタッフ、卒業生にインタビューを行ったが、在校生とスタッフについては全体の1/3程度、卒業生については5人程度に留まってしまった。こちらについても、渡航初期から計画的にアポ取り等を行っていくべきだった。
 今回の渡航では、主に在校生に焦点を当てて調査したが、創立者や卒業生についてより深く調査することで、SECMOLがラダックの教育環境に及ぼした影響をより多層的に明らかにできると考える。

  • レポート:秋田 日和(2023年入学)
  • 派遣先国:インド
  • 渡航期間:2025年7月16日から2025年9月29日
  • キーワード:ラダック、オルタナティブ教育、SECMOL

関連するフィールドワーク・レポート

幻想と現実はいかにして関わっているか ―岩手県遠野市の「民話」文化と語りとの影響関係の調査―

研究全体の概要  「妖怪」は人間が身体によって触知した自然世界から生じた、人間の想像/創造の産物であるとされている[小松 1994]。本研究では、岩手県遠野市(以下、遠野)において、当該地域で伝承されてきた河童や座敷童子などの、一般に「妖怪…

マレーシア華人の自己表象に関する一考察 ――民族博物館と歴史教科書を例に――

対象とする問題の概要  多民族を抱えるマレーシアは複合社会であり、マレー人・華人・インド人をはじめとする各民族集団間の境界がはっきりしている。一方、マレー人と華人の間には緊張関係が存在し、同国の政治と社会経済の中心課題に位置づけられている。…

ベナン中都市における廃棄物管理システムを取り巻く価値観――日本の生ごみ資源化事業の研究動向から――

研究全体の概要  アフリカ諸国では、近年の急激な人口増加と都市化に伴い、経済発展における中小都市の重要性が高まっている。将来のさらなる人口増加に備え、アフリカ中小都市の廃棄物管理体制の整備が重要であり、ごみの資源化は有効な方策の一つである。…

レバノン・シリア系移民ネットワークにおける現代シリア難民 ――国内事例の動向――

研究全体の概要  本研究は、シリア難民のグローバルな経済的生存戦略の動態を明らかにする。19世紀末以降に歴史的シリア(現在のシリアとレバノンに相当する地域)から海外移住したレバノン・シリア系移民は、現在に至るまで自らの商才を生かして世界各地…

DRコンゴ・ボノボとヒトの共生の場の人類学的研究

対象とする問題の概要  本研究の調査地であるワンバ(Wamba)周辺地域およびバリ(Mbali)地区は類人猿ボノボの生息域である。ワンバ周辺地域では1970年代からボノボの調査がはじまり、内戦時の調査中断とその後の再開を経て、現在までおよそ…

スリランカ内戦後のムスリム国内避難民(IDPs)についての研究/女性の視点から考察する国内避難民の社会変化

対象とする問題の概要  本研究では1983年から2009年のスリランカ内戦において、タミル武装勢力により故郷を追放され国内避難民(IDPs)となったムスリムのコミュニティに焦点を当てる。シンハラ対タミルの民族紛争の構造で語られることの多いス…