京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

シリア難民の生存基盤と帰属問題の研究(2018年度)

シリア難民にパンの支給を行っている地域のチャリティーセンター

対象とする問題の概要

 2011年に「アラブの春」がシリアに波及して以降、シリア国内では体制改革を求める気運が高まった。しかし、平和的だった民主化運動は次第に反体制派とアサド政権の武力闘争へと発展し、諸外国の介入を招いてますます複雑な戦況を呈したまま既に7年が経過している。これまでに500万人を超えるシリア人が難民化しており、その多くは、トルコ、レバノン、ヨルダンなどのシリア近隣諸国に避難している。これらの国では難民受け入れの負担が問題視され、特にシリア難民の大量流入によって社会的インフラへの負担が増大し、失業率が上昇、家賃も高騰するなどの問題が発生しており、難民と現地社会との軋轢が顕在化している。また、シリア難民問題は中東地域だけでなく、多くのシリア難民が地中海経由で流入したヨーロッパ地域にも大きな衝撃を与え、「21世紀最大の人道危機」として国際社会全体が解決に向けて取り組むべき課題となっている。

研究目的

 本研究の目的は、シリア内戦の長期化によってシリア難民の早期帰還が困難と予想される中で、いかに彼らが避難先で自身の帰属の問題に取り組み、生存基盤を再構築し維持していくのかについて、ヨルダン・ハーシム王国の事例に着目して明らかにすることである。 
 ヨルダンは現在約66万人ものシリア難民を受け入れている、シリア難民問題の当事国の1つである。また、ヨルダンはシリアと文化的、宗教的に同質な国家であり、シリア難民の帰属を分析するにあたり重要な地域となっている。
 これまでの調査から、ヨルダンに居住するシリア難民は彼らが有する様々な文化的・宗教的帰属に基づく援助を得ていることが明らかとなった。今回の臨地調査では、難民が多く居住しているヨルダンの首都アンマン市東部を中心に行い、シリア難民の帰属問題と生存基盤の再構築に関して更なる知見を得るために、シリア難民に対する聞き取り調査を実施した。

シリア難民が暮らす町の一角

フィールドワークから得られた知見について

 今回の臨地調査では、主にアンマン市に住むシリア難民の家庭を訪問し、聞き取り調査を行った。聞き取り調査の主な質問事項は、家族構成、出身地、受給している支援の有無、仕事の有無等である。
 調査の結果、昨年度からシリア難民に対する国際機関の支援の内容に若干の変更があり、それについては難民たちが好意的に受け止めていることがわかった。ヨルダン在住のシリア難民は国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に登録することで、フードクーポンを受給することができる。これまでフードクーポンは食糧にしか利用できなかったが、今春から食糧以外にも利用できるように改善され、また支給額も一人当たりにつき10ディナール(1550円程度)から15ディナールに増額された。
 一方で、その他の支援については打ち切られてしまい、困窮しているシリア人家庭が多く見られた。ある男性は心臓を患っており働くことができないが、フードクーポン以外の国際機関からの支援は打ち切られ、現在は他のチャリティーを探しているとのことだった。彼以外にも癌などの深刻な病気を患っているシリア難民は大勢おり、病院で十分な治療を受けていなかったり、薬代を払えなかったりするケースが散見された。
 また、今回聞き取り調査で出会ったシリア人の中には、お金も支援もなく生活に不安を抱えている心情につけこまれ、現地住民から改宗を迫られた者もいた。ただし、このようなケースは稀であり、精力的にシリア難民支援に携わる現地住民も多い。特に大半のシリア人はヨルダン人と同じムスリムであるため、ムスリム同士は助け合うべきであるというイスラームの教えがヨルダン社会の中に浸透しており、モスクでの金曜礼拝の説教の場でもシリア難民への支援が呼びかけられていた。シリア難民にとっても同じアラブ・イスラーム圏であるヨルダンに暮らすことが、心の安寧のための一助となっていることが、聞き取り調査から分かった。

反省と今後の展開

 今回の調査では、イスラームの教えがシリア難民の生活を支える一つの基盤となっていることが明らかとなり、十分な成果を得ることができた。現地での難民の生活を見ると、難民であることがすなわち被支援者であることとは結びつかず、難民であってもより貧しい者がいれば食糧などを分かち合うイスラームの相互扶助の精神が大きくはたらいている。シリア難民問題を研究する上では、シリア人を「難民」という一方的な側面で捉えるのではなく、宗教や文化などの彼らの帰属に着目して分析することの大切さが改めて感じられた。また、調査に必要な言語であるアラビア語については、今後も大学院でアラビア語能力の向上を図っていく予定である。
 今回の臨地調査では昨年度同様、シリア難民家庭にホームステイさせてもらい、彼らの生活について多くのことを学ばせてもらった。今後も現地の人々との繋がりを大切にして、ヨルダンでの調査を継続していきたい。

  • レポート:望月 葵(平成29年入学)
  • 派遣先国:ヨルダン
  • 渡航期間:2018年7月1日から2018年7月19日
  • キーワード:シリア難民、シリア内戦、生存基盤

関連するフィールドワーク・レポート

カンボジア首都近郊における養殖漁業――ベトナムとの関り――

対象とする問題の概要  カンボジアは東南アジア最大の淡水湖であるトンレサープ湖を擁し、漁業はカンボジアの生態、社会、文化に密接に結びついている。1990年代の復興を通して、圧縮された近代化を経験しているカンボジアにおいて、漁業もまた急速な近…

ケニアの都市零細商人による場所性の構築過程に関する人類学的研究――簡易食堂を事例に――

対象とする問題の概要  ケニアでは2020年に都市人口の成長率が4%を超えた。膨張するナイロビの人口の食料供給を賄うのは、その大半が路上で食品の販売を行う行商人などのインフォーマルな零細業者である。その中でも、簡易な小屋のなかで営業されるキ…

ラオスにおける野生ランの利用と自生環境 /薬用・観賞用としての着生ランの保全を目的として

対象とする問題の概要  ラン科植物は中国では古くから糖尿病や高血圧等に効く薬用植物として珍重されているほか、ラオスやタイ、ベトナムをはじめとし、世界的に様々な品種が愛好家によって交配され、高値で取引されることもある。このような様々な需要が存…