アジアにおける有機農業普及 ――宮崎県綾町における行政と農家連携の事例――
研究全体の概要 ブータンは、100%有機農業国化を目指す唯一の国家である。本研究の主題は、タシガン県において行政・大学・農民組織連携による有機農業普及の実態を実践的に明らかにすることである。本邦においても、自治体をあげて有機農業振興に取り…
タンザニアの一般的な家庭では、今でも薪炭材を燃料に伝統的なかまどを用いて調理しており、都市人口の増加にともなうエネルギー消費の拡大が森林資源の荒廃を深刻化させている。それを受けて先進諸国では、効率的で節約性に優れた改良かまどや、おが屑・籾殻などの未利用資源を活用するコンロの開発が進められてきた。しかし、そのほとんどが地域住民に受け入れられず、根付いているとは言いがたい状態にある。
これまでは技術の地域適合性ばかりが注目され、人的要因やアクター間のインターアクションは軽視されてきた。すなわち、「どんな技術」が有益であるかを論じる一方で、「どんなアクター」が「どんなやり取り」を通じて「どのように普及・定着していくのか」といった実践的・包括的視点が決定的に欠落しているのである。外部の有益な技術が地域に浸透・定着するうえで、何がトリガーとなり何が障壁となっているのかといった問いに、われわれはまだ具体的な答えを示せていない。
どのようにすれば「外部の技術」が地域に普及・定着するかを探る。そのために、タンザニア地方都市の零細鉄工所で、まず参与観察を通じて地元の職人たちの世界を描写する。さらに、外部技術をもとに彼らと籾殻を燃料として利用する調理用コンロ(以下、籾殻コンロ)を共同開発する。その過程で、外部者(筆者)が積極的に働きかけながら、生産者(職人)、消費者といったアクター間でどのようなやり取りがあり、どのように関係が変化していくのかを観察する。
以上を総合し、外部の技術がどのような要因のもと地域社会に根付く可能性があるのかを考察する。
調査が行われたのは、タンザニア南部高原に位置するンジョンベ州ンジョンベ市ンジョンベ区である。区内には鍛冶や溶接業を営む零細鉄工所が50程度点在している(図1)。筆者はその中の一つ「キサンガニ・スミス・グループ(Kisangani Smith Gtoup: KSG)」で昨年より参与観察ならびに籾殻コンロの共同開発を行ってきた。KSGは過去に、おが屑を燃料として利用する独自のコンロを開発し、2,000個以上を製造し普及させた。また、これまでに100人以上の若者に職業訓練を行うなど、社会課題の解決に関心が高い。そのため、周辺の同業者からも一目置かれる存在であるほか、国内外の開発専門家とも交流があり、筆者の受け入れや共同開発にも好意的であった。
KSGを含む鉄工所は日常的に、一般消費者から直接注文を受けて仕事をしている。仕事は、鞴(ふいご)を用いて農具の鍛造やアルミ製品の鋳造を行う鍛冶仕事と、溶接機を用いて門扉や家具の製造、破損した鉄製品の複製・修理を行う溶接仕事に大まかに分けられる。だが、それ以上の分業化はあまり進んでおらず、ある職人が「頼まれたものは何でも作る」と言った通り、職人たちは万能型の技能を志向している。
我々は、稲作地帯では籾殻が大量に放棄されている一方で森林資源は枯渇しているという情報をもとに籾殻コンロの開発に着手した。インターネット上で見つけた同じようなコンロをヒントにしながら模倣品を試作し、約10世帯に販売あるいは無償配布し試用してもらった。その後、使用者のレビューをもとに改良を施したが、ほとんどの家庭は使用中の煙の発生や燃焼時間の短さを理由に、使用をやめていた。一方で、半年以上使い続け炭を一切購入しなくなったという家庭もあった(図2)。使用をやめた家庭の多くはガスコンロを日常的に使用していたことから比較的裕福だったと考えられるのに対し、使用を続けた家庭は日雇い労働で生計を立てており、そのような低所得層に対しニーズが存在することが分かった。
開発プロセスでは外部の革新技術と職人の積み重ね技術を融合させ製品を開発、市場テストで消費者とのやり取りによってターゲットとする顧客の属性が明らかになりつつある。しかし、籾殻コンロのニーズがあると考えられる低所得層に十分手頃な価格で販売できるかはまだ不明である。零細鉄工所で一つ一つを手作りしていては、どうしても高価格になってしまうからである。職人たちの多くは日銭で暮らしをたてているため、生産を続けるには収益率も重要であり、そのジレンマを乗り越えなければならない。
また、この取り組みが単発で終わらずに地元の職人たちが自律分散的にイノベーションを起こすエコシステムを今後構築したい。そのためには、KSGのように社会的課題を解決したいという意志、外部技術を取り入れ実践知と融合させる能力、顧客のニーズに対する理解、そして実際に挑戦を可能にする資本を有した職人を育てていかねばならない。
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