京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

現代イスラーム世界における伝統的相互扶助制度の再興と新展開――マレーシアのワクフ制度に注目して――

国立国会図書館関西館 外観

研究全体の概要

 本研究は、ワクフ制度と呼ばれるイスラーム世界独自の財産寄進制度に焦点を当て、その再興が見られるマレーシアに着目し、その実態を解明することを目指す。
 ワクフ制度とは、収益化できる財産を持つ者が、そこから得られる収益を特定の慈善目的に永久に充てるため、財産の所有権を放棄する行為のことを指す。イスラーム世界において長きに渡り機能してきたワクフ制度も、近代以降は西欧列強による植民地化の流れに押され、衰退していった。  しかし近年、このワクフ制度を、再び活性化させる動きが見られている。ワクフ制度再興のフロンティアとして位置づけられるマレーシアでは、政府が率先してワクフ制度を再興し、また、発展させるために様々な施策を実施してきた。本研究では、同国のワクフ制度について多角的に分析することで、ワクフ制度の再興の理由を探求するとともに、イスラーム世界の相互扶助のネットワークについても明らかにすることを目指す。

研究の背景と目的

 本研究の目的は、イスラーム世界における相互扶助、特にワクフと呼ばれる独自の制度の現代的実践の実態を明らかにすることである。そのために、ワクフの再興が見られるマレーシアに注目する。2000年代以降、それまで形骸化していたワクフ制度を再び活性化する動きが生まれてきている。ワクフ制度をそのまま再活性化させるだけでなく、新技術を組み合わせ、時代に即した形での再興も見られる。実際に、ワクフ制度はいくつかの国で持続可能な開発を伴う社会経済の改善に寄与する追加収入を生み出してきている[Nagaoka 2014]。マレーシアでも近年、ワクフの再活性化に注目が集まるようになった[Norzilan 2019]。そのため、ワクフ制度に関する研究は数多くあるものの、それが再興してきた理由について言及している先行研究は見当たらない。よって、「マレーシアのワクフ制度再興の背景にはどのような経緯や要因があるのか?」という問いを立て、考察を行う。

アジア経済研究所図書館 外観

調査から得られた知見

 本調査では、国立国会図書館関西館及びアジア経済研究所図書館での資料収集と、千葉イスラーム文化センターの代表へのインタビュー調査を行った。
 はじめに訪れた国立国会図書館関西館では、マレーシアのワクフ制度をより正確に把握するために、ワクフ制度を取り扱った英語文献や最新のマレーシアの動向調査、マレーシアの法制度に関する文献等、貴重資料を収集した。
 また、計5日間滞在したアジア経済研究所図書館においては、マレーシアの政治や社会の動向が細かく書かれた文献を収集し、ワクフ制度再興の流れを政治・社会面から検討する分析の枠組みを得た。また、シリーズとしてイスラームの都市的側面を分析した論文集を収集・読解したことで、ワクフをイスラームの都市性から考察するというより広い視座も得ることができた。
 さらに、千葉イスラーム文化センターでの代表への聞き取り調査では、イスラーム世界でのワクフ制度の再興は、ダアワ運動と深い関わりがあるのではないかという重要な視点を得られた。また、当施設が日本在住のムスリムから寄付金を募り、それをザカートとしてイスラームへの新たな改宗者やその可能性を持つ人々へ分配を行った活動についても詳細な情報を得ることができた。それから、当センターの活動目的である日本在住のムスリムと日本人との交流促進のため、試行錯誤しながら非ムスリムでも参加しやすいようなイベント作りを行っていることも聞き取ることができた。この試みにより、実際にムスリムと日本人が相互理解を深め、結びつきを深めているとのことであった。

今後の展開

 今後は、今回の調査で入手した資料に加え、今保有しているデータを用いて、ワクフ制度再興の理由を解析していく。今回得た資料の中には、マレーシアの首相の動向を細かく記した資料が存在する。そのため、まずはその資料と作成中の新聞記事データベースを組み合わせ、より正確に首相の発言や政策をワクフ制度の再興の流れと結びつけて行く予定である。さらに、マレーシアの法制度に関する文献を解析することで、法制度の面からワクフ制度を捉えることにも尽力していく。そして最終的には、「マレーシアのワクフ制度再興の背景にはどのような経緯や要因があるのか?」という問いに対する答えを導き出すことを目指す。

参考文献

 Norzilan, N. I. 2018. “Waqf in Malaysia and Its New Waves in the Twenty First Century,” Kyoto Bulletin of Islamic Area Studies 11. pp. 140-157.
 Norzilan, N. I. 2019. “The Revitalization of Waqf Institutions as an Islamic Social Welfare System;A Case Study in Malaysia,” Kyoto University Graduate School of Asian and African Area Studies. Ph.D. thesis.
 Shinsuke Nagaoka. 2014. “Resuscitation of the Antique Economic System or Novel Sustainable System? Revitalization of the Traditional Islamic Economic Institutions (Waqf and Zakat) in the Postmodern Era,” Kyoto Bulletin of Islamic Area Studies 7. pp. 3-19.
 林佳世子. 2002.「ワクフ」大塚和夫ほか編.『岩波 イスラーム辞典』岩波書店. pp. 1076-1078.

  • レポート:佐伯 香織(2021年入学)
  • 派遣先国:(日本)京都府相楽郡など
  • 渡航期間:2021年12月13日から2021年12月22日
  • キーワード:ワクフ制度、現代マレーシア、イスラーム金融、相互扶助、 慈善、社会福祉

関連するフィールドワーク・レポート

タンザニアにおける籾殻コンロの開発と普及に向けた実践的研究

対象とする問題の概要  タンザニアでは、都市人口の増加にともなってエネルギー需要が増大し、森林資源の減少が調理用燃料の慢性的な不足を招いている。その一方で、稲作の拡大によって大量の籾殻が産業廃棄物として投棄されるようになっている。この問題に…

都市周縁に生きる人々と政治的暴力の関係についての研究――ザンビアの鉱業都市の事例――

対象とする問題の概要  独立後のアフリカ諸国の特徴のひとつとして、都市への急激な人口流入が挙げられる。この人口流入は、独立後の都市偏重型開発政策によって広がった都市と農村の所得格差、雇用機会の安定性の相違によって、都市における労働力需要を超…

レバノン・シリア系移民ネットワークにおける現代シリア難民の動態

研究全体の概要  本研究は、商才溢れるレバノン・シリア系移民が長期間にわたり築いてきた人的ネットワークに注目し、その中で2011年以降のシリア難民の動態と位置付けを探る。レバノンとシリアは1946年のフランスからの独立達成以前は、一括りの地…

2020年度 成果出版

2020年度における成果として『臨地 2020』が出版されました。PDF版をご希望の方は支援室までお問い合わせください。 書名『臨地 2020』院⽣臨地調査報告書(本文,10MB)ISBN:978-4-905518-32-7 発⾏者京都⼤学…

マダガスカル・アンカラファンツィカ国立公園における保全政策と地域住民の生業活動(2019年度)

対象とする問題の概要  植民地時代にアフリカ各地で設立された自然保護区のコンセプトは、地域住民を排除し、動植物の保護を優先する「要塞型保全」であった。近年、そのような自然保護に対し、地域住民が保全政策に参加する「住民参加型保全」のアプローチ…