京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

ウガンダ北部におけるうなづき症候群患者の日常生活と社会実践

マケレレ大学 キルミラ教授、事務の方と

対象とする問題の概要

 アフリカにおけるてんかんへの医学的な研究は一定の蓄積があるが、てんかん患者の社会面を記述した文献はほとんどみられない。タンザニアで医師をしていたアール [1] は、タンザニアで彼女が診療した地域のてんかん患者は村人か「てんかん恐怖の目で見られるだけでなく『恥』とも考えられている」「家族の面汚しとみなされる」と述べた。これらの先行文献で語られている「てんかん患者は社会から排除され、人々の恥をかかえる人間として、孤立した生活を送っている」という報告に対して、ホワイト [2] は本人の社会参加の度合いや周囲の認識は個人ごとに異なると指摘した上で、東アフリカにおけるてんかんの経験と概念がいかに多様であり変化しているかを理解することの重要性を説いている。アフリカのてんかん患者を理解する上では、彼らの社会的コンテクストの中でどういった生活をしているかを正確に捉え、記述することがもっとも重要である


[1] アール・ルイーズ・ジレック. 1994. 「往診はサファリの風にのって」野村文隆訳. 星和書店,322
[2] ホワイト・スーザン・レイノルズ.2006. 「てんかんの構築」『障害と文化』ホワイト・スーザン・レイノルズ編著、イングスタッド・ベネディクト編著、中村満紀男監訳、山口惠里子監訳.明石書店.

研究目的

 うなづき症候群とよばれる病気は、アフリカの一部の地域にみられる神経系の疾病である。もっとも最近大規模な症例が報告されたのが本調査を行ったウガンダ北部で、約3300人の患者がいると推計されている。でウガンダ北部をはじめとしたうなづき症候群流行地域では、ヘルスセンターなどの医療機関から遠隔地に居住する地域住民も多く、大多数の村人が十分な医療サービスを受けられない状況にある。本研究の目的は、うなづき症候群患者の暮らすウガンダ北部の社会的背景をとらえつつ、公共サービスが充分ではないウガンダ北部の農村で生活するうなづき症候群患者の行動記録を分析することにより、彼らが世帯内での活動や学校での活動にどのように参加しているかを記述することである。そのうえで、てんかん症状や精神遅滞を抱えた患者が、当該社会で自らの社会的役割をどのように果たそうとしているかを明らかにする。

マケレレ大学 人類学キャンパス

フィールドワークから得られた知見について

 うなづき症候群患者と患者家族は、症状が現れてから、抗てんかん薬のほかにも伝統医や邪術師に頼るなど試行を重ね、病気を乗り越えるすべを探してきた。結局、その中で一番効果がみられたのは抗てんかん薬であり、現在はほとんどの患者がヘルスセンターに通い、抗てんかん薬に頼った生活をしている。しかし、ヘルスセンターにおける抗てんかん薬の在庫切れや人材不足により、患者は薬を得るためにほかのヘルスセンターをあたることや、抗てんかん薬を服用せず過ごしている事態が確認された。
 抗てんかん薬で症状に改善がみられた患者の中には、健康な村人と同じように労働や家事をとおして家族に貢献している若者も存在する。患者の通学に対しては経済的に豊かでない患者家族が多いゆえに、保護者の学校教育に対する価値観が大きく作用していると考えられるが、本人の希望と保護者の考えが一致すれば、学校側のサポートのもと、患者の通学は十分可能である。そのいっぽうで、症状が日常生活に大きく影響し、日常生活における行動が少ない患者も存在する。こういった患者には安全確保のために保護者が常に付き添っている必要があり、保護者にかかる負担も大きいことが事実である。
 これまでのうなづき症候群患者への社会科学的調査では、てんかん症状が顕著で日常生活に大きく支障が出ている患者を抜粋し、彼らの苦難を強調しているものがみられるが、分析からの結果から、それぞれの患者が日常生活において行う動作やそれに割く時間は、各個人ごとに依って大きく異なっていることが明らかになった。うなづき症候群患者の症状は多様であり、彼らが普段どのように行動しているかというのは、一概に定義することができない。しかし、患者たちはそれぞれが置かれた状況の中で、周囲の理解を得ながら自分の可能な範囲で役割を果たすことに意味を見出し、それぞれ自発的に取り組んでいることが明らかになった。

反省と今後の展開

 今回のフィールドワークでは、時間の制約と患者の平均的な年代の分析から、当時10代後半~20代前半であったうなづき症候群患者に調査対象を絞ってデータを収集した。彼らは、数年後には結婚し、家族の中の主や主を支える妻となる年齢に達する。既に、調査村でも若干名、結婚や出産を経験したうなづき症候群患者がいるが、彼らへの詳細な調査は行っていない。彼らは結婚の承諾や婚資の交渉などにおいて、うなづき症候群患者であることが不利にはたらく可能性がある。また、特に女性は妊娠・出産・子育てにおいて、不安をかかえているかもしれない。彼らの年齢の変化に応じて変わりゆく彼らの日常生活を、継続的に調査していくことによって理解を深めていく必要がある、今後も追跡調査を行い、彼らと周囲の人々との関わりがどのように変化してゆくか、また患者自身が自らの社会的役割をどのように果たそうとするかを検討していきたい。

  • レポート:鈴木翔子 (平成28年入学)
  • 派遣先国:ウガンダ共和国
  • 渡航期間:2017年6月17日から2017年9月9日
  • キーワード:うなづき症候群、てんかん、日常生活、社会実践、知的障害

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