京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

サードプレイスとしての泥棒市 ――あいりん地区における公共空間と不法占拠――

四天王寺の定期市にハンドメイド製品を出店する泥棒市の露店商(奥)

研究全体の概要

 本研究は、あいりん地区の泥棒市を事例とし、路上営業を通じて公共空間に自らの居場所を確保していくという「創発」を生み出す主体としての露店商を捉えていくものである。まず、夏季に比べて冬季の露店営業規模は縮小し、60代以上の高年層や売上高の乏しい衣類やブランド品を販売する露店商の減少は顕著であった。次に、一部の露店商は摘発を受けないために、状況に応じて性質が異なる「公共空間」を使い分けていることが明らかになった。さらに、製品をハンドメイドする露店商たちは近くの寺社で開催される定期市にも出店しており、その露店商たちからは「売上目的の定期市、おしゃべり目的の泥棒市」という語りが聴かれた。これらの調査データは前回の調査から着想を得た「サードプレイスとしての不法占拠」をより裏付ける結果となり、性質の異なる多様な「公共空間」の使い分けはネパールのモバイル・スクウォッター研究とも深く関連するものと思われる。

研究の背景と目的

 本研究は行政的な「上からの視点」に終始する従来のあいりん地区研究とは異なり、泥棒市を通じて公共空間に自らの居場所を確保していくという「創発」を生み出す主体としての露店商を「下からの視点」によって捉えていくものである。その点において本研究は、前回実施した臨地研究「あいりん地区における違法路上市と公共空間利用による根源的ストリート化」に続くものとして位置づけられる。前回の調査では泥棒市が経済活動の場以上に「居場所」としての性格を持っていると明らかにし、サードプレイス的な不法占拠の着想を得ることができた。そこで冬期の早朝において露店商たちの営業状況に変化が見られるのかなどを中心に、サードプレイスの視点から参与観察及び聞き取りを中心とした追加調査を行う。さらに調査地域の歴史を「下からの視点」で理解する方法として、先行研究では取り上げられてこなかった『あいりん労働者の詩集』を収集も行う。

あいりん地区で行われている俳句会

調査から得られた知見

 泥棒市の出店数は、夏季の週末に平均40店舗ほど並んでいたのに対して、冬季の週末では20店舗未満に減少していた。特に50代以下の若中年層ではなく60代以上の高齢者層、薬類及びコピーDVD類ではなく衣類・ブランド品を販売する露店商の減少が顕著であった。
さらに、調査期間に警告程度の摘発が行われた際、それを予期した露店商の一部では、西成区が所有し、誰もが使える「公共空間」に商品や自転車を運ぶ姿が見られた。実際に警察は現行犯あるいは通報がなければ区営地であっても入ることができないという制限から、一部の露店商にはその「公共空間」が一時的な避難所として機能していたようであった。つまり本事例から、泥棒市の露店商の中に、性質が異なる「公共空間」を状況に応じて使い分けている者たちがいることを明らかにすることができた。
 そして、泥棒市での売り上げが乏しい衣類やアクセサリー類を販売する露店商の中には、前職の経験を活かしてハンドメイドのレザー製品を販売している者が数人見られた。彼らは普段の泥棒市での営業に加えて、四天王寺や京都の東寺や知恩寺で開催されている定期市でも出店を行っていた。彼らの語りから「寺社での定期市は売上目的、泥棒市はおしゃべり目的」という区別がなされていることが明らかになり、睡眠薬やコピーDVDの露店商を中心とした前回の臨地研究の結果に加え、さらなる泥棒市全体のサードプレイス的な不法占拠の実態を明らかにすることができた。
 『あいりん労働者の詩集』については公立図書館に貯蔵されている(貯蔵されていなかった第21号を除く)ほぼ全ての文献を収集することができた。創刊号から第10号までは労働者の投稿に限定されていたが、第11号から現在(第42号)まではあいりん地区に関わる全ての人々が自由に投稿可能となっているようであった。

今後の展開

 報告者の研究関心はネパールにおけるモバイル・スクウォッター(可動性不法占拠民)であり、ネパールでは仏教寺院周辺の空間は使い方に明確な定義がなく、禁止事項のない「豊かな非決定性[ド・セルトー 1987]」のある開かれた空間を形成していると言われてきた[高田 2017]。この点において、あいりん地区の露店商が状況において利用する「公共空間」を区別していたように、モバイル・スクウォッターの商人も路上や仏教寺院周辺などの多様な「公共空間」を状況に応じて使い分けていると推測できる。そしてその区別は、行政により規格化された都市計画の合間をすり抜け、一見すると「逃げている」ようにも見える、狭い範囲の頻繁な移動=非-固定的な不法占拠を続けながら商売をしていくという彼らの実践にも関連するだろう。今回の調査で収集した資料『あいりん労働者の詩集』についてはこれまでの詩句を整理し、時代背景に照らし合わせながら分析していく必要がある。

参考文献

 オルデンバーグ,レイ.2013『サードプレイス:コミュニティの核になる「とびきり居心地よい場所」』忠平美幸訳,みすず書房.
 齋藤純一.2000『公共性』岩波書店.
 高田洋平.2017「ストリート・チルドレンの「包摂」とローカルな実践」名和克郎編『体制転換期のネパールにおける「包摂」の諸相:言説政治・社会実践・生活空間』三元社,335-376.
 ド・セルトー,ミシェル.1987『日常実践のポイエティーク』山田登世訳,国文社.

  • レポート:北嶋 泰周(2021年入学)
  • 派遣先国:(日本)大阪府大阪市西成区
  • 渡航期間:2021年11月8日から2021年12月21日
  • キーワード:不法占拠、公共空間、ストリート、サードプレイス、あいりん地区

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