京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

ナミビア南部貧困地域における非就業者の扱われ方についての人類学的研究

H.T

対象とする問題の概要

 ナミビア南部に主にナマ語を話す人々が生活する地域 がある [1] 。この地域は非就業率と貧困率が高く、多くの非就業者は収入のある者や年金受給者と共に生活し、その支援を受けている。1990年代初めに地域内の一村で調査を行った人類学者のKlocke-Daffaは、村ではSahlinsの言う「一般化された互酬性」を通して人間関係が維持されており、その互酬性を成立させる、社会的な連帯を利己的な考えよりも優先させる規範意識が存在すると述べた。そして、その互酬性と規範意識は貧困者の生活の救済に繋がっていたという[Klocke-Daffa 2001]。私は前回この地域で行った調査において、そういった規範意識の存在を認識しつつも、ある非就業者の男性からは「生活の支援をしてくれている親戚家族から与えられる食事に意図的に汚物が混ぜられている」という話を聞いていた。この地域の人々が、貧困という状況の中、利他性を重視する道徳規範の裏で実際に何を行っているのかについては未だ詳しく明らかになっていない。


[1] カラス州とハーダップ州の一部。国から民族集団ナマの“Communal Area”として定められている。

研究目的

 今回の調査では、主に非就業者とその生活の支援者との間の軋轢や衝突を理解する事を目指した。それによって、この地域の互酬性についてのより深い理解が可能になると考える。調査地では、①前回調査時に出会った収入の無い男性の経験とその解釈についての聞き取りと、②非就業者と支援する家族との生活の参与観察を行った。

ホームステイ先での牧畜の手伝い

フィールドワークから得られた知見について

 ①前回の調査で出会ったその男性(H.T)は、2014年から親戚家族と生活している。前回調査時に聞いた話について、彼は親戚から食事の載ったお皿やコーヒーや紅茶の入ったカップを与えられた時、声のようなものが聞こえたと話した。それは、例えば、「おまえの食べ物に精液を入れておいた」「おまえのカップに血を入れておいた」といったものである。そして、彼はそれらを味覚で感じたのだという。その声は、彼の中に蓄積していき、フラストレーションを溜め、徐々に「他人が体に入り込んできたかのように」自分の感情や行動を制御できなくさせると話していた。
 今回話を聞いてみて、前回(2017年)と現在とで状況が変化していることがわかった。彼は現在、状況が良くなり、声が聞こえていたのは過去の話だったと述べた [2] 。前回は「親戚家族は常に自分の事を精神的に圧迫しようとしている」と話していたが、今回、その声は、自分が支援を一方的に受けている状況や相手の表情からネガティブなサインを読み取っていた事からもたらされていたのではとも考えるようになっていた。
 ②この地域では牧畜が行われており、非就業者が親戚の家で牧畜の手伝いをする代わりに、寝床や食事などの支援を受けて生活する事がある。こうした状況下にある非就業者と親戚家族との間ではしばしば軋轢や衝突が生じる事がわかった。まず、H.Tは以前、別の家 [3] で牧畜の手伝いをしながら生活をしていたことがあったが、ある時、①の時と似たように食事に汚物が混ぜられていると感じ、手伝いを辞めその家を出てしまったという。また、私がホームステイしていた家でも、一人の非就業者が牧畜の手伝いをしながら生活をしていたが、徐々に家族側も非就業者側も私にお互いの愚痴をこぼすようになり、結局その非就業者は追い出される事になった。その隣家も同様の状況であったが、そこでは非就業者が手伝いを辞め、出て行ってしまった。


[2] 前回調査の数ヶ月後から、この男性は家畜泥棒の罪で8か月間留置場に入っていた。前回から今回の調査までの間のほとんどの期間を、彼は親戚家族とは離れて生活していたという事情もこの変化に影響していると思われる。
[3] 現在の親戚家族の家では、牧場が遠くにあるためか、日常的に牧畜の手伝いはしていなかった。

反省と今後の展開

 H.Tの経験は、子供の頃に彼が祖母から聞いたという話と類似している。その話とは、「親戚に頼って生活をしていたある男性が、ある日、お腹の中にできものが出来て亡くなった。それは、親戚家族が彼の食べ物に「何か」を死ぬまで入れ続けていた事が原因である。」というものである。彼の祖母はさらに「そういう時には、誰かが話している声が聞こえる」とも話していたという。彼は祖母の話や自らの経験から、この地域では古くから人々がお互いにアドバンテージを取り合い、足を引っ張り合っていると解釈していた。ここまで、非就業者とその生活の支援者との関係に注目して述べていったが、実際にはその両者に限らず、人々はしばしば他者がアドバンテージを取ろうとしていると感じたり、足を引っ張っていると感じたりしている。妖術、就業者に対する嫌がらせ、家畜泥棒、嫉妬…といった話もいくつか聞いていたので、今後はそれらについての理解に努める。

参考文献

【1】Klocke-Daffa S. 2001 “Wenn du hast, mußt du geben”. Soziale Sicherheit im Ritus und im Alltag bei den Nama von Berseba/ Namibia. Studien zur Sozialen und Rituellen Morphologie 3. Münster: Lit.

  • レポート:藤田 翔(平成29年入学)
  • 派遣先国:ナミビア共和国
  • 渡航期間:2018年10月5日から2019年2月24日
  • キーワード:貧困、非就業者、互酬性

関連するフィールドワーク・レポート

在タイ日本人コミュニティの分節とホスト社会との交渉/チェンマイ、シラチャ、バンコクを事例に

対象とする問題の概要  2017年現在、在タイ日本人の数は7万人を超え、これは米国、中国、豪州に次ぐ規模である 。タイでは、1980年代後半から日系企業の進出が相次ぎ、日本人駐在員が増加している。加えて1990年代以降は日本経済の低迷や生活…

ウンマ理解から見る近現代中国ムスリムのイスラーム ――時子周と馬堅の比較を例に――

研究全体の概要  従来、クルアーンの中で語が意味論的にどのように機能するかについては多数の研究が蓄積されてきたが、アジア地域、特に中国に注目する研究は不足している。今回の調査の目的は、国立国会図書館関西分館に所蔵する史料を元に、激動している…

牧畜社会における技術や知識の学び ――子どもの生活に着目して――

研究全体の概要  南部アフリカに住んでいるヒンバは、ウシやヒツジなどの家畜を保有して遊牧生活を行なっている。彼らは半乾燥地域に住んでおり、天水農作による農作物の生産性が低い。そのため、家畜を飼育することで、家畜からのミルクや肉を食料として頂…

不確実性を読み替える賭博の実践/フィリピン・ミンダナオ島における事例から

対象とする問題の概要  フィリピン・ミンダナオ島では、フィリピン政府と反政府イスラーム組織による紛争が長期化しており、人々は自らでは制御不可能な政治的不安定に起因する社会・経済的不確実性を所与のものとして日常生活を営んでいる。そのような不確…

現代イランにおけるイスラーム経済/ガルズ・アル=ハサネ基金を事例に

対象とする問題の概要  イランの金融制度は1979年のイスラーム革命に伴い、全ての商業銀行が無利子で金融業務を行うイスラーム金融に基づくものとなった。イスラーム金融は1970年代に勃興して以来成長し続けている反面、中低所得者の金融へのアクセ…