京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

現代イスラーム世界における伝統的相互扶助制度の再興と新展開――マレーシアのワクフ制度に注目して――

グローバル・サダカのCEO及び従業員へのインタビュー

対象とする問題の概要

 本研究は、ワクフ制度と呼ばれるイスラーム世界独自の財産寄進制度に焦点を当て、その再興が見られるマレーシアに着目し、その実態の解明を目指す。
 ワクフは、イスラーム独自の財産寄進制度であり、長きにわたりイスラーム世界の社会インフラを担ってきた。しかし近代以降、西欧諸国のイスラーム世界への進出の伸展に伴い、ワクフ制度は形骸化してしまった。
 2000年代に入ると、ワクフ制度を再活性化する動きが生まれてきた。単に伝統的なワクフ制度を再活性化させるのみならず、新技術をワクフ制度と組み合わせ、更なる制度の発展を目指す動きが盛んになってきている。マレーシアでは、政府が率先してワクフ制度を再興し、また発展させるために様々な施策を実施してきた。本研究では、同国のワクフ制度について多角的に分析することで、ワクフ制度の再興の理由を探求するとともに、イスラーム世界の相互扶助網についても明らかにすることを目指す。

研究目的

 本研究の目的は、イスラーム世界における相互扶助、特にワクフ制度の現代的実践の実態を明らかにすることである。そのために、ワクフの再興が見られるマレーシアに注目する。
 イスラーム経済の中心地であるマレーシアでは、近年、イスラームの財産寄進制度であるワクフの再活性化に注目が集まっている[Norzilan 2019]。そこでは、フィンテックやサイバー空間を利用し、制度を時代に即した形で運用していく方法が模索され、伝統的なものとは一線を画した新たな試みが為されている[長岡 2020]。
 本調査では、イスラーム的なクラウドファンディングサイトを運営するグローバル・サダカ(Global Sadaqah)に着目し、現代マレーシアのワクフ実践について考察を行った。また、本研究課題への理解を深めるために、書店にて関連する書物の収集も行い、モスクなどのワクフ関連施設も訪問した。

マレーシアの国立モスク

フィールドワークから得られた知見について

 本調査で行ったグローバル・サダカCEO及び従業員へのインタビュー調査から、次の三つの知見を得た。
 一つ目は、説明責任についてである。本企業は更新情報をプラットフォーム上に継続的に掲載することで、寄付者への説明責任の履行及び透明性の確保に尽力していることが判明した。特に長期間に渡って行われる支援プロジェクトでは、寄付金が一定程度集まった際に、具体的な資金の用途を写真や動画と共に提供し、「寄付者に支援の過程を見せる」ことを重視しているのである。これにより、寄付後にも寄付金が必要な場所で利用されているのかを確認でき、寄付者のグローバル・サダカへの信用確保を試みている。
 二つ目は、寄付の方法と設計についてである。本企業は主要通貨での取引だけでなく、暗号通貨を決済方法に取り入れ選択肢を増やすことで、寄付の裾野を広げている。また本企業は、定めの喜捨を指すザカートや、無利子で融資を行うカルド・ハサン、ワクフといったイスラームの慈善行為と新技術を掛け合わせた様々なプロジェクトを実施しており、イスラーム教徒からの寄付を促進するプラットフォーム設計を意図的に行っているという重要な知見も得ることができた。
 三点目は地球規模の支援ネットワークの構築についてである。
 本調査により、本企業の支援対象はイスラーム教徒やマレーシア国内、近隣諸国に限定されておらず、より地球規模で必要とされている場所への迅速な支援を届けるためにプロジェクトの選定及び運営が実施されていることが判明した。グローバル・サダカは、名前の通り、受益者に最大限の効果をもたらすため、マレーシアだけでなく、世界各地から支援を集めるハブとしての機能を有し、遠隔地のパートナー組織と協働しながらイスラーム的な慈善を促進しているのである。ここでは、時代に即した新しいイスラーム的相互扶助網が構築されてきていると言えるだろう。

反省と今後の展開

 本調査では、マレーシアのイスラーム的社会慈善企業であるグローバル・サダカに焦点を当て、インタビュー調査を行った。調査を通じて、グローバル・サダカが提供するオンライン・プラットフォームを介して、イスラーム的な慈善活動が国境を越えてボーダレスに展開している様子が少しずつ明らかになってきた。
 今後は、グローバル・サダカだけでなく、個人や他の企業、NGO・NPO組織や政府機関等他のアクターが密接に連携しながら実施するイスラーム的な慈善活動について探求を進めていくことで、イスラーム世界にまたがる相互扶助のネットワークの解明を目指していく。

参考文献

 Norzilan, N. I. 2019. “The Revitalization of Waqf Institutions as an Islamic Social Welfare System;A Case Study in Malaysia,” Kyoto University Graduate School of Asian and African Area Studies. Ph.D. thesis.
 長岡慎介.2020.「フィンテックが可能にする新しいイスラーム型SMEファイナンス」『商工金融』70(9), 62-65.

  • レポート:佐伯 香織(2021年入学)
  • 派遣先国:マレーシア
  • 渡航期間:2022年8月1日から2022年9月2日
  • キーワード:マレーシア、イスラーム、ワクフ制度、フィンテック、クラウドファンディング

関連するフィールドワーク・レポート

導入品種の受容と栽培 /エチオピア南部ガモ地域におけるライコムギの事例

対象とする問題の概要  エチオピア南部ガモ地域では、約半世紀前に導入されたライコムギが、現在まで栽培・利用され続けている。同じ時期に北部地域にもライコムギが導入されたが、農家に受け入れられなかったという[Yazie 2014] 。ガモ地域に…

キャッサバ利用の変化と嗜好性からみるタンザニアの食の動態

対象とする問題の概要  キャッサバは中南米原産の根菜作物であり、現在世界中でさまざまに加工・調理され食べられている。タンザニアでもキャッサバはトウモロコシやコメとならんで最も重要な主食食材の1つである。キャッサバを主食としていない地域でも、…

カンボジア地方州における養殖漁業――ポーサット州とシェムリアップ州の養殖業者を事例に――

対象とする問題の概要  カンボジアはその国土に東南アジア最大の淡水湖(トンレサープ湖)を擁し,湖の豊かな自然生態系に適応しながら古くから漁業資源を利用してきた。現在もカンボジアの内水面漁業(淡水漁業)の生産量は世界第五位である。しかし近年,…

ボツワナ北部における人と動物の関係性について /オカバンゴデルタを巡る、人と動物と資源の関係

対象とする問題の概要  ボツワナ共和国北部に位置するオカバンゴデルタは、世界最大の内陸デルタである。ここには、豊かな水資源を巡って多様な植物資源、そして野生動物が生息しており、ボツワナの観光資源としても重要視されている。しかし近年、世界では…

イスラーム経済におけるモラリティの理念と実践――マレーシアを事例として――

対象とする問題の概要  イスラーム経済においては、利子や不確実性を回避する金融取引とともに、共同体内での社会福祉の役割が強調されてきた。マレーシアは、21世紀のイスラーム金融をリードするイスラーム金融先進国であるが、イスラームの本来の理念か…