京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

ボツワナの農牧民カタの父親の養育行動に関する調査

カタの女性が飼っているヤギ

対象とする問題の概要

 ボツワナの農牧民カタの社会では、女性は生涯1—5人ほど異なる父親の子どもを産むが、女性がなぜパートナーを変え続けているのかは明らかではない。人間の女性は妊娠期間が長く・脆弱な子どもを産むため他の哺乳類に比べて子どもの生存のためには父親の子育てが重要である。そのため、人間の女性は(1)子どもの父親として適当な能力をもった男性を好み、(2)その男性と長期的なパートナーシップを形成すると考えられている[Trivers 1972]。一方で、カタの女性の場合、未婚で出産するため(1)子どもの父親との関係が不安定であり、婚外子に対する父親からの十分な養育サポートは期待できないことがわかっている。そのような状況にある女性がパートナーを変え続ける理由を明らかにするためには、パートナーを変えることによって女性が何らかのメリットを得ている可能性を検討する必要がある。

研究目的

 例えば、配偶者戦略の1つであるTrading-up理論[Scelza et al.2018]をカタの社会に適用した場合、女性はパートナーを変える度にパートナーから見込まれる養育貢献度を高めているなどのメリットを得ている可能性があるかもしれない。今回の調査では、カタの女性がパートナーを変え続けていることのメリットを明らかにするために、父親の養育行動に関する聞き取り調査とアンケート調査をおこなった。アンケート調査では、~65個ぐらいのTraitsから、(1)長期的パートナーとして好ましい特徴、(2)現在のパートナーにあてはまる特徴、(3)現在のパートナーに妥協している特徴をそれぞれ3つずつ選択してもらった。集計されたそれぞれのトレイトは(ⅰ)現在のパートナーシップの種類(既婚・未婚)(ⅱ)パートナー数(ⅲ)年齢の3つの変数ごとに分析された。今回の調査ではカタの女性全体の好みではなく個人の好みを調査することを目的としている。

従来の家(左)と建設途中の家(右)

フィールドワークから得られた知見について

 調査はボツワナ南東部Kgatleng 地区で約2ヶ月間現地の調査助手とともに英語と現地語によっておこなわれた。聞き取り調査では、(1)女性の月収・学歴・子どもの数・家族構成などの社会経済的ステイタスに関わる内容と、(2)パートナーとの交際期間・別れた理由・パートナー男性の子どもの数(婚外子の総数と母親の総数)などの性行動に関わる内容の聞き取りを行った。回答内容の分析結果において重要だと思われた点は、女性がパートナーを変え続ける主な理由が(1)相手の浮気(同所的にパートナーを増やす)、(2)パートナーの逃走(女性のもとを去ってパートナー数を増やす)の2つだった点である。この結果は、女性の配偶者に対する好みが(ⅰ)魅力的で他の女性からも人気がある男性と(ⅱ)女性に対する選り好みがより強い [1] 男性に集中している可能性を示しているため、重要である。特に、(2)の逃走型の男性の存在は、“男性の選り好みの強さ”が女性の性行動に影響を及ぼしている可能性を示した。近年まで、動物のオスの選り好みについては過少評価されており不明な点が多く、注目されてこなかった[Edward et al. 2011; Fitzpatrick et al. 2018]。人間の男性においても実証研究の例が少ないため[Scelza et al. 2018]、今回の結果はそうした男性の選り好みの強さが女性の性戦略に影響を及ぼしてきた可能性を示唆する研究として重要である。アンケート調査の結果として重要だと思われる点は、女性の好み/父親数に関わらずパートナーとして短気(Short-temper)な男性が選ばれている点である。また、女性のパートナーに対する好みにはRespectfulが最も多く選ばれていた。いずれの調査においてもカタの男性の養育貢献度は低く、女性がパートナー選択の際に父親としての素質を重視していないことが分かった。


[1] 男性の選り好みの強さは(1)一夫多妻を形成しない、(2)子どもを産める女性の遺棄、(3)男性によるメイトガーディングの停止で評価した。

反省と今後の展開

 今回の結果から、女性がパートナーを変え続ける性戦略の要因として、男性の選り好みの“強さ”が関係していることがわかった。一方で、人間の男性の選り好みや選り好みの強さが進化してきた背景やそうした男性の選り好みの強さに対して女性がどのように性行動を変化させてきたのかについては今後より詳細な調査が必要であると考えられる。今後の調査では、(1)逃走型の男性の性行動と(2)同所的に1人の女性の間に子どもを増やし続ける男性の性行動とを比較することで、女性の多回数に渡って父親を増やす戦略のメリットに対する研究の精度をあげることができると考える。また、トレイトランキングの結果をもとに“短気”や“リスペクト”といった特徴の社会的ニュアンスを把握することで、養育貢献度以外を配偶基準とする女性の性行動のバリエーションの理解につながると考える。

参考文献

【1】FITZPATRICK C, SERVEDIO M.2018 Current Zoology, The evolution of male mate choice and female ornamentation: a review of mathematical models 64(3):323–333.
【2】Edward D, Chapman T. 2011 Trends in Ecology and Evolution, The evolution and significance of male mate choice 26(12).
【3】Scelza BA, Prall S. 2018 Evolution and Human Behavior, Partner preferences in the context of concurrency: What Himba want in formal and informal partners 39(2):212-219.
【4】Trivers R.1972 .Sexual selection and the descent of man Parental investment and sexual selection In B Campbell(Ed.) Cicago:Aldine Press,pp.139-179

  • レポート:寺本 理紗(平成30年入学)
  • 派遣先国:ボツワナ共和国
  • 渡航期間:2019年8月13日から2019年10月14日
  • キーワード:multiple mating、mate preferences、Trait ranking

関連するフィールドワーク・レポート

霊長類研究者とトラッカーの相互行為分析/DRコンゴ・類人猿ボノボの野外研究拠点の事例

対象とする問題の概要  本研究の関心の対象はフィールド霊長類学者の長期野外研究拠点における研究者と地域住民の対面的相互行為である。調査地であるコンゴ民主共和国・ワンバ(Wamba)村周辺地域は類人猿ボノボの生息域である。1970年代から日本…

日本の窯をつかった炭焼きの実態とその製炭技術 ――能勢菊炭を事例に――

研究全体の概要  タンザニアで調理用燃料として使用されている木炭は、国内の広い地域で共通したやり方で生産されている。当地の炭焼きは日本のように石や粘土でつくられた窯を使うのではなく、地面にならべた木材を草と土で覆って焼く「伏せ焼き」という方…

タイ 2019年総選挙における軍事政権の御用政党 /バンコク都での議席獲得要因に関する考察

対象とする問題の概要  2019年3月24日、タイで約8年ぶりの総選挙が実施された。2014年以降の軍事政権から、選挙結果に基づく政権および首相の復帰となるはずであった。しかし結果は、選挙に敗北した親軍派政党が政権を握り、軍政トップであった…

インドネシア大規模泥炭火災地域における住民の生存戦略 /持続的泥炭管理の蹉跌を超えて

対象とする問題の概要  インドネシアは森林火災や泥炭の分解による二酸化炭素の排出を考慮すれば、世界第3位の温室効果ガス排出国となる(佐藤 2011)。泥炭湿地林の荒廃と火災は、SDGsの目標15 「陸の豊かさも守ろう」に加え、目標13 「気…