本研究が対象とするのは、多様な宗教・階層・地域に根ざすインドの料理文化が国家主導の近代的な教育制度のもとでいかに「インド料理」として標準化・再構築されているのかという問題である[Appadurai 1988]。インドでは調理技法は伝統的に、家庭内の口伝や徒弟制度(Guru-Shishya Parampara[1])により経験知・暗黙知として継承されてきた。しかし近年ではIHM(Institute Hotel Management, Catering Technology and Applied Nutrition)などを代表とする観光・ホスピタリティ産業に特化した職業教育機関が登場し、全国から集まる学生に対し標準的なインド料理観、レシピ、盛り付け、衛生観念、身体動作が一律に教授される。こうした国家による制度的枠組みが伝統的な料理実践の多様性を画一化し、国民料理としてのインド料理を再生産している。一方で革新的な料理表現を追求するモダンインド料理レストランのシェフも多くはこうしたホテルマネジメントスクール出身であり、教育機関は料理という身体技法を習得する上で重要な役割を果たしている。
Appadurai, Arjun. 1988. How to Make a National Cuisine: Cookbooks in Contemporary India. Comparative Studies in Society and History. Ray, Krishnendu. 2016. The Ethnic Restaurateur. Bloomsbury Academic.