2020年度 成果出版
2020年度における成果として『臨地 2020』が出版されました。PDF版をご希望の方は支援室までお問い合わせください。 書名『臨地 2020』院⽣臨地調査報告書(本文,10MB)ISBN:978-4-905518-32-7 発⾏者京都⼤学…
インドネシアにはRT・RWと呼ばれる住民主体の近隣地区自治組織(以後、住民組織)がある。日本軍占領下時代に導入された隣組から行政の延長として整備された住民組織は、30年以上続いたスハルト開発独裁体制の最末端を担った。こうした歴史的・政治的背景にも関わらず、住民組織は1998年の民主化から20年以上が経つ今も、社会の重要な構成単位として人々の日常生活の一部となっている。この事から、民主化に伴い国家の監視の縛りが解け、コミュニティの共同性と社会資本が示す草の根ガバナンスの可能性が注目されてきた。
住民組織はあらゆる類の治安維持活動を有する。夜警、コミュニティ警備隊やガードハウスの建設などがあり、それらはジャワの農村文化を土台とし、植民地時代の行政政策や独立初期の軍事政策の影響を受けている。こうした治安維持活動は画一化されており、国家の統治装置としての住民組織の起源を特徴づけるものでもある。
上記のことから、住民組織による治安維持活動の民主化後の変遷を見ることは、インドネシア社会の最小単位=住民組織レベルにおける国家と社会の関係性に関する考察に繋がると、著者は考える。また、調査地はジャカルタ首都圏であり、近年、新自由主義的な都市開発が進む同地域において、住民組織というミクロな行為主体が都市化の波のなかでどのような存在意義を見出しているのか、そして治安維持活動はどのような特徴を持つのかも興味深い点である。
以前の調査からコミュニティ空間の公道における防犯門の設置が、前述の旧型治安維持活動に代わる、新たな治安維持のかたちとしてジャカルタ首都圏を中心に都市部にて社会階層関係なく、広まっている事が分かっている。今回の渡航では、防犯門がどのようにコミュニティの空間を形成しているのかに関して聞き取り及びGPS調査を行い、コミュニティによる防犯門の一般的な特徴に関して質問票調査を行った。
質問票調査は、7月24日の全ジャカルタ区民議会断食明け集会の場を借りて、区民議会員を対象に実施した。区民議会とは、各区の住民組織内の選挙で選ばれた住民により構成され、区役所の事務の支援や住民の要望の伝達などを行っている組織である。本調査では、区民議会員を対象に調査を行うことで、各員が代表する地域の事情に関するデータ収集できると考え、集会参加者に質問票を配り、合計252票回収した。
質問票調査からはまず、防犯門が1980年代にはじまり、2010年代に急激に広まったという事が分かった。また、一コミュニティあたり、1から10の門を有しているパターンが一番多い事も明らかになった。その他にも、集合住宅街やオフィス・商店街付近などの計画的に発展した地域とスラムのような自然発生した地域を比較すると、門の数には大した差異はなかったが、「計画発展型」地域のコミュニティの方がより早い時期に防犯門を作りはじめた事が判明した。
聞き取り調査では、防犯門が外的不安要素をコミュニティから遠ざける装置としてあるのではなく、むしろコミュニティ空間の外で日常的に発生している公共空間のポリティクスに、コミュニティ=住民組織も参加するための戦略のひとつである事が分かった。例をあげると、中央ジャカルタチキニ区のコミュニティでは、インフォーマルな駐車場運営に関係しており、北ジャカルタパデマガン区では、二つの住民組織間の領土紛争が背景にあった。また、中央ジャカルタジョハルバル区では、反社会組織の活動圏の拡大を阻止するためにあり、ジャカルタ郊外のブカシでは、渋滞の流入を防ぐために設置された防犯門が政府により撤去され、それに反発した住民が訴訟を起こすまでに至った。
詳細な切っ掛けは様々だが、防犯門は住民組織がコミュニティを内側に閉じ込めるために設置したのではなく、外側で起こっている公共空間をめぐるイニシアティブの交錯にコミュニティを代表して参戦する術として設置している事が共通して言える。今後はこの点に着目して、聞き取り調査で得られた事例の分析を進めていきたい。また、質問票調査の結果は、防犯門を民主化の産物として捉えるジャカルタ研究者及び一般市民の間で共有されているある種の仮定を覆すものであった。この事を説明するのも今後の課題であり、住民組織の変容からみる社会と国家の関係性を探る上でも重要である。
今回の調査では、比較的多くのコミュニティに関するデータを収集できた半面、一つのコミュニティあるいは組織の長期的な変化を明らかに出来るデータを得られなかった。そのため、次回は拠点を一つのコミュニティに絞り、長期的な調査を行いたい。
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