京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 COSER Center for On-Site Education and Research 附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
フィールドワーク・レポート

ジョザニ・チュワカ湾国立公園におけるザンジバルアカコロブスと地域住民の共存に関する研究

民家近くの調理場で炭を食べるザンジバルアカコロブス

対象とする問題の概要

 タンザニアのインド洋沖に浮かぶザンジバル諸島には、絶滅危惧種であるザンジバルアカコロブス(Procolobus kirkii)が生息し、その保護などを目的として2004年に島中部がジョザニ・チュワカ湾国立公園に指定された。
 しかし、国立公園が設置されたあとも、コロブスは公園内だけを生活圏とするわけではなく、設置以前と同様に隣接する集落にも出没し、果樹や農作物を荒らしていた。住民はこのサルを現地語で「毒ザル」を意味する‘kima punju’と呼び倦厭してきた。時に、コロブスは民家の庭先まで訪れ、調理場に燃え残った消し炭を食べる姿がしばしば目撃された。しかし、住民は積極的にサルを傷つけず、その姿が受容されてきた。炭食いは野生動物においてきわめて珍しい行動であり、その理由はよくわかっていない。しかし、住民とザンジバルアカコロブスのあいだには、炭を介した特殊な関係が存在していると考えられる。本研究では同一地域に暮らす野生動物と人のあいだに築かれる関係性を、動物の食性と住民の生活という2つの視点から捉え、野生動物との共存のあり方に新しい視座を設けることを試みる。

研究目的

 これまでの筆者の観察から、コロブスは2、3日に1度くらいの頻度で公園を出て集落へ向かい、マンゴーなどの果樹の葉を食べまわっていて、その途中で、民家の庭先に立ち寄って三石カマドの中で燃え残った炭を食べていたることが分かっている。そこで、今回の調査では、①炭食いがコロブスの食性のなかでどのような位置付けなのか、また②コロブスの行動は住民の目にどのように映っているのかを調査した。
<調査①>
 炭食いとそれ以前に採食した樹種との関連性を調べることを目的として、群れの個体識別したうえで、午前6:30から午後6:30までのあいだ5分ごとの行動(「移動」、「採餌」、「炭食い」、「休息」、「毛繕い」など)を60日間に渡って記録した。採食した樹種を特定しつつ、糞の状態を観察してサンプリングした。
<調査②>
 コロブスに対する地域住民の認識を調べるため、集落の全世帯を訪問して住民にインタビューした。訪問調査では世帯の属性などとともに、農作物の被害状況、コロブスへの感情などを尋ねた。

6か月前に入植してきたアフリカ大陸出身のスクマの若者

フィールドワークから得られた知見について

 調査①では、群れの各個体を識別したうえで、特に5個体を各10日間以上追跡し、採食した樹種と炭食い行動を記録した。データはこれから分析するが、特定の植物と炭食い行動が関連付けることができれば、炭食いが生体に与える影響や集落への出没を考察するうえで、重要なヒントになると考えている。
 調査②では、国立公園に隣接する集落に少なくとも、2つのエスニックグループが存在していることが分かった。1つはスクマと呼ばれる人びとで、ここ数年のあいだにタンザニアの大陸部分から入植してきた集団である。タンザニア最大のエスニックグループであるスクマはもともとヴィクトリア湖南側の原野で農牧複合型の生業を営んでいた。言語、信仰、生活習慣も独特であるが、全国に分散して暮らし、この地域でも人口の約8割を占めていた。かたやザンジバル出身者はわずか2割であった。
 聞き取り調査から、国立公園に隣接する地域は農地として利用できるものの、コロブスによる食害が常態化していることに加え、湿地帯であるがゆえにマラリアなどの発症率が高く、居住環境としてはあまり好まれていないことが分かった。古くからこの地に住んできたザンジバル人の多くは、2004年に公園が設置されたのを機に、当局から補償金をもらって出て行き、代わってその跡地にスクマが入植してきたのである。
 コロブスに対する感情は、個人差があるものの概ねスクマの方が寛容で、ザンジバル人の方が被害を強く訴える傾向があった。内陸の原野ではアフリカゾウやライオンが集落に現れることもあり、スクマにとって「コロブスによる食害なんてゾウに比べたら全然たいしたことない」という意見が聞かれた。

反省と今後の展開

<反省点>
 樹種の栄養分析のために、コロブスが採食した樹種の標本の輸出を試みたが、許可取得に時間がかかり、出国直前まで役所を奔走することになった。次回からは時間的な余裕を持って対応したい。
<今後の展開>
 炭は、林の開墾、焼畑、炭焼き、炊事などの人間活動の中で生成される。コロブスが利用する炭食い場所のすべてを観察することで、人間と野生動物がどのような場所で「炭」を介して接触しているのかを明らかにしたい。また、集落に出没して‘kima punju’として倦厭されるながらも、駆除の対象とならず孤島で人間と同所的に暮らしてこることができた要因についても探っていきたいと考えている。

  • レポート:野田 健太郎(平成29年入学)
  • 派遣先国:タンザニア連邦共和国
  • 渡航期間:2019年9月17日から2019年12月20日
  • キーワード:タンザニア、サル、炭食い、野生動物、スクマ

関連するフィールドワーク・レポート

カメルーン農村におけるキャッサバ生産・加工の商業化に関する研究/住民によるキャッサバ改良品種の受容に注目して

対象とする問題の概要  カメルーン南部州のエボロワの近郊にある調査地では、政府、国際機関、日本の援助機関が森林保全、住民の現金収入の増加を目的にキャッサバ・プロジェクトを実施し、キャッサバの生産・加工の商業化を促進するため、多収で耐病性のあ…

2016年度 成果出版

2016年度のフィールドワーク・レポートを編集いたしました。 書名『臨地 2016』院⽣海外臨地調査報告書 発⾏者京都⼤学⼤学院アジア・アフリカ地域研究研究科附属次世代型アジア・アフリカ教育研究センター 書名『創発 2016』臨地キャンパス…

インド・西ベンガル州におけるハンセン病コロニーに関する人類学的研究

対象とする問題の概要  ハンセン病コロニーは、ハンセン病に罹患した患者が自分の家や村を追い出され、空き地に住処を作ることで形成された。当時彼らが物乞いのみで生計を立てていたことから、2000年代に入ってもインドのハンセン病研究はハンセン病差…

白川郷における観光地化と相互扶助「結」の現状

研究全体の概要  相互扶助という村落慣行は、世界各地の農村地域で古くから行われてきた。相互扶助には労力交換や共同労働といった様々な形態があるが、どのように村落社会で機能してきたのかは地域ごとに異なる。日本では近年の過疎化、高齢化とともに相互…

タイの考古学に対する批判的考察/遺跡の保存・活用の観点から

対象とする問題の概要  タイは、年間約500億米ドルもの国際観光収入を得る [1] 、まさに観光立国と呼ぶにふさわしい国である。荘厳な寺院や伝統芸能、ビーチなどのリゾートと並んで、タイ観光の目玉の1つになっているのは、スコータイやアユタヤー…

ケニア沿岸部における少数民族ワアタの現状――ゾウの狩猟と保全のはざまで――

対象とする問題の概要  ケニア沿岸地域には、元狩猟採集民の少数民族ワアタが点在して居住している。彼らはエチオピア南部のオロモ社会を起源とするクシ語系の民族で、ケニア沿岸地域の先住民族だと言われている。彼らは狩猟採集民であったため、野生動物の…